五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

ちょっとヨガを考える

2005-08-07 00:54:55 | 迷いのエッセイ
■町田宗鳳さんの『狂いと信仰』を読もうかと思っていたら、興味深いニュースを見つけました。

ノルウェー:受刑者向けのヨガ教室、思わぬ効果が… 
 ノルウェーの刑務所が、瞑想(めいそう)と呼吸訓練に怒りを抑制させる効果があるとして、受刑者向けにヨガ教室を始めた。ところが、狙いとは逆に、以前より攻撃的になったり興奮したりする受刑者が続出。刑務所の関係者は「呼吸訓練は受刑者の普段ため込んでいる感情を解き放ち、より危険な状態にする効果があるのかもしれない」と分析している。(AP共同)毎日新聞 2005年8月5日

■無念無想で座禅を組めんでいれば、悟れるとか、ヨガの達人になると超能力が身に着くとか、無責任な宣伝文句か空想でしかないような話が実(まこと)しやかに語られたり、文章になったりしているのは困ったものです。原始仏典に描かれた釈尊の金剛座で起こった激烈な精神の変容を描いた説話を考えても、心の最奥部のエゴに辿り着くまでの深い瞑想が、危険極まりない階梯である事は理解出来ます。道元禅師も「禅」に対する特別な思い込みや、「悟り」を称揚する姿勢を厳しく非難しているのに、何故か、座禅や瞑想が漫画のような超人への道だと思い込んでいる人が多いのはどうしたわけなのでしょう。

■密教芸術の中には、深い瞑想の中で遭遇する恐ろしい「魔」をモチーフとした作品が無数に存在します。その凄まじいエネルギーを上手に利用する方法を密教は追求しますが、それに失敗すれば精神崩壊を起こして廃人か狂人になる危険が常に有るのに、これも忘れられてしまっているようです。日本は、オウム真理教という大問題を未だに解いていない事もすっかり忘れられています。麻原某も、最初は健康ヨーガ教室の指導者だったのです。その前に、危険なニセ薬を販売して逮捕されているので、ヨーガを工夫している間に、その悪用方法を思い付くのに時間はかからなかったのも不思議ではありません。しかし、そんな犯罪者を生み出すのは、仏教とは無縁の欲望を叶えようと願う人々の需要が減る事も尽きる事も無いのが原因です。

■欧州では、フロイトと袂を分かって独自の深層心理世界を追求したユングの影響が強く残っているので、チベット密教やインドの過激な瞑想には根強い人気が有るようですが、懐かしいビートルズがうっかり事件を起こしたのは有名ですが、欧米には沢山のインドのヨーギ(ヨガ修行者)が移り住んで商売していますし、バグワン事件のようなカルト騒動も起こしています。「禅に不思議無し」とか「眼横鼻直」などの警句や禅語も有るのですが、難しい漢字の本を読むよりも、実体験を通して光を見たいと熱望する若者は増え続けているようです。

■チベット密教の場合、ゲルク派の顕密並立体系が有るのですが、ニンマ派やカギュ派のような古い流派が人気なようで、それらの間には大きな違いが有るのですが、どれも同じチベット密教として扱われるのは困ったことです。チベットの厳しい自然環境の中でも、特に危険な場所に設けられている修行場で、深い瞑想に入って行くと空腹・寒さ・過労が重なって、極彩色の幻影が現れるようですが、ゲルク派の場合はそのビジョンの意味を、顕教の経典や論書に戻って再確認する作業が不可欠とされているようです。それを欠くと、戒律を破っても平気な「左道」へと落ちて行くと厳しく警告されているので、運良く狂人にならずに済んだ伝説の行者達をアイドルにして危険な瞑想遊戯をするのは慎むべきだと思います。

■ノルウェーの記事を読むと、この施設には適任の指導者が不在だった事が分かります。一種の健康法と思った人物が、呼吸法と瞑想方法を紹介しただけの事で、集団催眠効果で瞑想者達が次々と一種のヒステリー状態になってしまったようです。オウム真理教がやったように、強い恐怖心を与えるようなビデオ鑑賞を強要したりすると、精神は簡単に崩壊して致命的な後遺症を起こしてしまうのですから、体質的に多彩なビジョンを内部で作り出し易い人が、安易に体操以上のヨガを行なうと、自分では解釈不可能な世界を見てしまって恐慌状態に陥る事も有ります。選りによって、自分が犯した罪を悔いる目的で作られている刑務所で、自分の心の奥底を覗くような瞑想を指導するとは、ヨガを誤解しているとしか思えません。刑務所には、宗教者の有り難い「法話」が似合っているのでしょう。アジアの仏教者も、他山の石とすべき大きな意味を持った小さなニュースだと思います。

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