五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

鉄道投身自殺を考える

2005-10-22 13:31:26 | 迷いのエッセイ
■景気が回復して消費者物価も上昇に転ずるかと言われながら、実際には残酷な馘首を続けてコストという名目で人件費を削って企業は生き残った後ですから、サービス残業が連日続く職場が増えているようです。給金無しで、手に職を付けるまでは丁稚や弟子として働いていた昔の日本人は、一人前になると資本を親方に出して貰って「暖簾分け」という独立を果たしたのだそうです。しかし、将来の独立を約束されていない近代の労働者は、小さな希望を見つけるのが難しいようです。毎日毎日、疲れ果てて変える家庭に温もりと笑顔が有れば救われるのでしょうが、これも怪しくなっています。

■仕事も家庭も楽しくなければ毎日は出口の無い苦行になってしまいます。週末に人間の心を取り戻す時間を持てれば幸いです。趣味や自分の研究課題が有る人は幸いです。そして、それが他人の幸福に少しでも役立つのなら、その幸福は輝くでしょう。好きな本を読んで、ちょっとした良い話や薀蓄を友人に話して喜ばれる、それでも充分に生きがいとして良い楽しみです。別に、わざとらしい人助けのボランティア活動などに参加するまでもありませんし、心に余裕を持って、通勤や通学の時間にちょっとした心遣いを、言葉や行動で周囲の人に与えられるだけで良いのです。気持ちの良い笑顔、穏やかな挨拶、座席や通路を譲る余裕が持てれば、その週末はステキな時間になっているのです。

■小さな幸せを求めて生きているだけの人間が、それを許されずに自ら命を絶つ、それが毎年3万人以上と聞けば、その人の悲しみと絶望、残された人々の深い後悔や喪失感、虚無感は凄まじいに違いなく、一人の自殺がどれ程の社会的な影響を及ぼすか、とても想像は出来ません。週末の過ごし方の難しさを示すデータが有ります。通勤や通学で毎日使う鉄道での投身自殺の発生曜日ごとの分類です。

平成15年度7月31日までの7ヶ月間の曜日別傾向。

曜日   発生件数 確率
日     76   13.7%
月     82   14.7%
火     59   10.6%
水     73   13.1%
木     78   14.0%
金     93   16.7%
土     95   17.1%

■週末に向って上昇し、日曜日にがくんと下がって、再び月曜日に跳ね上がる傾向が見て取れます。待ちに待った週末を持てない人の多い事が想像できます。しかし、疲れ切って帰宅を急ぐ人や大切な約束の有る人が、鉄道駅に来てから知る「人身事故」は、決して人として同情や悲しみを感じられるようなものでは無いようです。そこには、何よりも憤りと理不尽さが渦巻いているでしょう。電工表示版や張り紙を見て怒りが爆発する人や、駅員を捕まえて心に溜まった毒を吐き出す人もいます。仕事であろうと恋愛や友情、あるいは家族の記念日であろうと、人々は秒単位で正確に発着する公共交通機関の動きを前提にして、社会生活を営んでいます。

■迂回路の無い路線で「人身事故」が発生すれば、鉄道会社は即座に安全確保の上で、事故処理をしなければなりません。日本には「死体遺棄罪」という法律が有るので、遺体や残骸を踏み潰して後続列車を走らせるわけには行きません。事故の発生状況によって、後片付けがどれくらいの時間で済むのか、発生場所とダイヤとの関係からも「復旧時刻」を速報するのは不可能なようです。小さな肉片やコッペンまで、夜なら懐中電灯の光を頼りに拾い集めるのですから、「早くしろよ!」と怒鳴るわけにも行きません。

22日午前8時40分ごろ、横浜市中区大和町のJR根岸線山手駅付近で、線路内に入り込んだ男性が、大宮発大船行き普通電車(10両編成)にはねられ死亡した。男性は30~40歳代で、神奈川県警山手署は自殺の可能性が高いとみて身元を調べている。この事故で、根岸線は上下10本が運休し、20本が最大1時間遅れ、約2万1000人に影響が出た。毎日新聞 2005年10月22日

■うまく迂回路を確保出来た人は、通常の数倍に混雑した電車に揺られて移動したでしょうが、迂回路が無く、バスを乗り継いでも途中で最終バスにも乗れない人達は、夜間割り増し料金のタクシーを利用しなければなりません。鉄道の事故でタクシーを利用して、その費用を補助する企業がどれ程あるのか、知りませんが、時節柄、自腹なのでしょう。

8日午後2時20分ごろ、さいたま市浦和区のJR浦和駅構内で、40代とみられる男性が宇都宮線の宇都宮発上野行き上り普通電車(15両)にはねられ、全身を打ち死亡した。浦和署は自殺とみて身元確認を急いでいる。調べでは、男性がホームに入ってきた電車に飛び込むのを乗客が目撃したという。この事故で同線の上野-宇都宮間、同じ線路を走る高崎線の上野-篭原間、並行する京浜東北線の南浦和-大宮間などで一時運転を見合わせ、計10本が運休、23本が最大48分遅れ、約2万5000に影響が出た。毎日新聞 2005年10月8日

■土曜日の午後の自殺です。休日とは言っても、仕事で走り回っている人も多いでしょうし、楽しい買い物やデートに向う人も多いでしょう。習い事や集まりの約束が有る人、美術館や寄席に出掛ける人、この路線なら成田空港や羽田空港に向っている人もいたでしょう。2万5000人のドラマを、誰も想像できませんし、既にそんな余裕を日本人は失っています。自分の都合が最優先で、死者を悼む心を持っている暇が無いのです。狂信集団が毒ガスを播いたり、100人を超す人身事故でも起これば、小さいながらも追悼施設が作られて、見知らぬ人も足を止めて手を合わせる事もあるでしょう。しかし、毎日のように一人、また一人と身を投げる路線では、その度に御線香や花を供える施設を設ける事は有りません。

23日午後11時10分ごろ、平内町清水川のJR東北線清水川駅で、八戸発青森行き特急「つがる27号」が男性をはねた。ホームからの飛び込み自殺とみられる。この事故で、「つがる27号」など特急2本と寝台特急3本が71~220分遅れた。毎日新聞 2005年9月25日

■この男性が、一体、どんな悩みや絶望を抱えてホームに立っていたのかを詮索するよりも、迷惑を被った人達の数と社会的影響を優先的に報道しなければなりません。貪欲にネタを探し回っているワイド・ショーや週刊誌も、「鉄道投身自殺」と聞いて飛び出していく人は居ないようです。春に花が咲き、梅雨に雨が降るように、いや、そんな印象さえも残さずに身を投げる人のニュースを聞き流します。何かまとまった資料は無いか、とウェブを探しましたら、簡単に次の数値が見つかりました。平成15年の10月25日までのデータをまとめたものだそうです。


人身事故の多い路線ランキング 10/13 までのデータで作成

 路線名        発生件数
JR中央線(高尾区間)  35
JR山手線        18
京王線         14
西武新宿線       17
JR京浜東北線      24
小田急線        24
京急線         16
JR高崎線        19
JR総武線        28
東武東上線       17
京成線         13
JR東海道線(熱海区間) 16
JR東北線(黒磯区間)  21
東武伊勢崎線      15
JR中央線        41
JR鹿児島線       38
JR東海道線       45
JR常磐線        21
JR東北線        31

■中央線と東海道線が突出しているのが分かります。沿線に暮らしている皆さんは、決して驚かないでしょう。経済活動の大動脈として機能している路線ですから、見ず知らずの人が乗り合わせています。悲しみよりも、迷惑を怒る感情が、こうした数値を見る時に心に湧き出すでしょう。日本は広いので、鹿児島線の数値が高い理由は分かりませんが、月に一度は投身自殺が起こっているという事態の大きさを、ちょっと立ち止まって考えることから、釈尊の説いた教えの学びが始まるような気がして、駄文を書いてみました。合掌

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