只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

連休日は、私(思考) が創っているのです。 (笑)

2018-05-01 07:26:38 | 日記
この世の中に良いことも悪いことも、そして問題になる事も“無い”のです。

この様に一切何も“無い”のですが、私としている自我がすべて
「在る」様に創作しているのですね。

それじゃ!善い事だけ、問題が無いことだけ創作すれば
いいじゃん!と来るのですが、私(自我)は相対により
出来上がっているので片方だけというわけにはできません。

つまり、簡単に言うと「男だけ!」では無理ということ
ですね。

野菜の種が在っても、それを育てる土の畑等がないと
野菜は存在しません。

それらと同じく、相対になる何かがないと幻想は無理と
いうことです。

ですから私(思考)は年から年中の如く、頭の中で探し求めているのです。
それを思考癖といいますね。

探さないと、私(自我)の「死」を意味するからです。

幻想が幻想の「死」を恐れているという、実に厄介な
「思い込み」になっているのです。(笑)
  
こんな事実に一切ない面倒くさいことは忘れ去り、
頭の中を“空っぽ”にする“只なる実践”を持続しているのです

普段何も無いときには“無意識・無思考”を“実践”し、
何かをやっているときは、“今”やっていることに
没頭、“無思考”を“実践”するのです


そうするうちに強大なエネルギーの幻想が崩れ去って行き、
“今”という“絶対安心”の境地に還り着くのです。