トーキング・マイノリティ

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明治の民法騒動にみえる日本人の精神

2006-04-15 20:07:48 | 読書/日本史
 以前の記事『日本で受けないキリスト教』でも書いたが、日本人は道徳というものが常に抽象的でなければならない、という伝統思考がある。もちろんそれが悪いとか、他民族に比べ倫理観が薄いというのではなく、道徳に対する日本人の発想だったのだ。明治時代に起きた民法制定騒動の例はその精神を如実に示している。

 明治政府が大日本国憲法を発布した翌年の明治23(1890)年、近く民法も公布されることが知れ渡ると、保守派から「民法反対!の火の手が上がる。しかも、反対派の中には法学者たちも含まれていたのだ。憲法学者の穂積八束(やつか)などは、「民法出デテ忠孝滅ブ」という論文を発表して世論を煽った。
  いったい何故民法を制定すると忠孝が滅びるかというと、反対派の論をせんじ詰めれば「家族関係を法で規定してはならない」からである。つまり、法律で親子 の間に権利と義務の関係を規定すること自体が日本の伝統的な道徳を破壊する、と反対派は考えたのだった。すなわち彼らに言わせると親子関係は「自然なも の」であるべきで、法律という「人工的なもの」を持ち込んではならない「聖域」なのだ。

 しかし、結局のところ民法保守派は敗北した。と いえ論争の結果、親子関係のような道徳に関するものは抽象的でなければならぬという伝統思考が、近代法律理論に敗れたからではない。欧米諸国と同じく民法 などの法典類を制定しない限り、幕末に結んだ不平等条約の改正に列強が応じようとしないため、反対派も沈黙せざるを得なかったまでに過ぎない。

  日本人の伝統思考とは対照的にユダヤ、アラブのセム族世界では、道徳とは昔から具体的に規定されたものでなければならなかった。イスラム聖法では親子の関 係についてもくどいほど細かく規定されている。そして注目することは、実の親子でありそれを父親が認知していても、「合法的な結婚」によらず生まれた子供 の場合、親子関係は成立しないそうだ。従って子供には相続権もない代わりに扶養の義務もない。あくまで「法」が優先し「人情」などは問題外なのだ。
 これはキリスト教文化圏の欧米も基本的に変わりないし、儒教圏も孝についての「法」にやかましい。

 日本人が法について人情抜きの徹底した議論を忌み嫌うのは、もしかすると民族のDNAに組み込まれているのかもしれない。「自然のまま」の観念を異様に好み、「聖域」と化してしまうのも民族性なのだろうか?
  現代の護憲派の人々の反対姿勢は明治時代の民法保守派と重なる。護憲派は何が平和か、平和を保つためにはどうあるべきか、との具体的試案は示さず、ただた だ「平和憲法墨守」「憲法改正イコール軍国化への道」と絶叫してるだけなのだ。冷徹な議論をすれば、どちらに分があるか書くまでもない。

■参考:『イスラムからの発想』大島直政 著、講談社現代新書

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2 コメント

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日本人の伝統思考 (岩手の田舎人)
2006-04-16 01:42:51
武蔵野航海記 というブログがあって、なかなかおもしろいんで読んでます。

http://blog.goo.ne.jp/sailmssn/

で、なにが面白いかというと、私に一神教への知識が無いことを補足してくれるところですかね。

法と宗教についての考えが、GOD(一神教)との契約という概念で語られている部分が特に新鮮でした。

「日本人は基本的人権を自然の権利だと考えているようだが、GODと契約した連中がGODから与えられたものだ」(憲法関連で出てます)というあたり。

「日本人の伝統思考」?切りまくりです。(笑

なかった知識が埋められるのは良いのですが、読み進めるとどうも、なにかしらなじめないというか、強烈な違和感も生じるんですよね。

具体的に指摘したり、ましてや論破する知識なんかないのが歯がゆいのですが・・・。

まあ、とにかく、この頃非常に気になるブログのひとつです。
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大いに疑問 (mugi)
2006-04-16 20:19:49
>岩手の田舎人さん

紹介されましたブログは私のブックマークにも登録しており、面白く見ています。

この管理人さんは大変教養があり、日系アメリカ人なので視点がまた斬新ですね。外の世界を見てるので「日本人の伝統思考」に懐疑的となっていると思います。ただ、私も彼のこの一文には違和感どころか、不快感も覚えました。

―「私は日本人が今の精神文化を持ち続けることが本当に幸せか大いに疑問を感じています」

http://blog.goo.ne.jp/sailmssn/e/d7f29dbd7926c8651b964185cd536374



民族性というものはそう簡単に変わらない。良くも悪くも伝統こそがその民族の精神なのです。それを維持するのが民族というものではないでしょうか?また、幸福観など個人差も大きい。

もっともこの管理人さんも、そうは言いつつ日本に暮しているところ、わが国の住み心地が極めてよいからでしょう。本人がこのまま日本で暮らすのが本当に幸せか大いに疑問を感じているのではないか、と私は皮肉な見方をしてます(笑)。私も以前彼とコメントした事がありますが、「(日本人)を啓蒙していきたいと思う」と書かれてました。「貴方、そんな事は無駄ですよ」とは言えませんから、そのままにしましたが。

mottonさんからの真面目な反論にはダンマリを決め込んでいるのは、結構日本人的ですね。議論好きなアメリカ人なら屁理屈でも応酬しそうなのに、面倒くさいのか?



日本人が「自然のまま」を好むのは、明恵の「あるべきようは」に行き着く事を作家・井沢元彦氏 も指摘してました。
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