その一、その二、その三の続き
「ダウリー(持参金)と一人っ子政策」というブログ記事は実に興味深い。インドと並び中国も女児間引き大国であり、儒教的伝統に加え一人っ子政策がそれに拍車をかけている。記事には中国での男女比が男:119に女:100、インドのそれは男:111、女:100とある。男女比の拡大の行きつく先を記事では次のように分析している。
「インドも中国も売春大国だが、この男女比を解消できないのであれば、売春問題を解決することはできないだろう。あるいは、暴動や社会不安も、実は男女比の歪みから生じていくと考えることもできる。独身の男が多くなればなるほど騒乱は引き起こされやすい」
ダウリーや一人っ子政策がなくとも男女比が大きい韓国のような国もあるが、これも小儒教主義の結果なのだ。ダウリーや一人っ子政策こそフェミニストの真の敵のはずだが、日本のフェミニストはダウリーには言及しても、一人っ子政策には触れない。それも当然だろう。2006年6月、元左翼活動家の人気ブロガー坂眞氏からコメントを頂いたことがある。氏によれば1970年ごろ、華青闘という在日中国人の組織から告発された極左の各派は、革マル派を除いて全面的に屈服、「私たちは抑圧民族です。日本人であること自体が抑圧者です」と自己批判したという。これと同じ現象が男女間でも起き、「男であること自体が抑圧者である」と…
暫く前、国連で欧米諸国が中心となり女児というだけで間引きするのを禁止する勧告を行おうとしたが、この時インドは中国と組み、動きを封じ込めている。
37章「伝統と近代の狭間で苦悩する女性たち」には、後に激しい議論を引き起こすことになる2つの事件が紹介されている。ひとつは1986年、60歳のムスリム女性が離婚した夫に対する扶養手当の請求権を求め、裁判に訴えた事件。最高裁は彼女の主張を認め、さらに憲法44条に規定されている統一民法典の早期成立と普及に言及した。
すると、ムスリムの宗教的慣習に干渉するものとして激しい反発が起こった。当時、総選挙を控えていたインド国民会議派は、女性の再婚が禁じられる約3ヵ月の期間のみ元夫に扶養義務を課したムスリム女性離婚権保護法を成立させた。
つまり、政教分離の理念の重要な側面である宗教的マイノリティの権利保護を優先させることで、事態の収拾を図ったのだ。その結果、宗教の別に関わらず認められていた永続的な扶養手当の請求権を、ムスリム女性は失ってしまった。
一方、ヒンドゥー・ナショナリズム的なインド人民党は、この法律を非ムスリム男性への逆差別であるとして、統一民法典の制定を擁護したのだ。こうして1人の女性の権利要求は、宗教対立へとすり替えられた。
もうひとつは1987年、ラージャスターン州で起きた当時18歳のラージプート女性ループ・カンワルが、死亡した夫の遺体を焼く火によって殉死するサティーを実行した事件。この出来事はサティー復活として国内外に衝撃を与えたと同時に、地元では彼女の行為を讃える大規模な祭礼が行われた。祭礼には数万の観衆が集まり、彼女はヒンドゥー女性の理想として祭られた。
インドの女性団体はこれを非難、彼女の行為を美化するべきではないと主張し、裁判に訴える。裁判所はこの主張を認め、州政府はサティーの美化を禁止する条例を制定し、全インドを対象としたサティー防止法も成立した。
だが、ラージプート男を中心にサティーを擁護する団体が結成され、この慣習を否定することはヒンドゥー社会の伝統、ひいてはラージプートの慣習への侵害だと主張した。つまり社会的・宗教的マイノリティの権利保護に訴えたのだ。カンワルの殉死については他殺の疑いもあり、夫の親族は逮捕されたが、当日の証拠不十分で無罪放免となった。
「女性差別!」と言われるのを恐れ、とかく及び腰になりがちな日本や欧米諸国の男たちと違い、宗教的マイノリティの権利保護にすり替えて政治利用するのはいかにもインド男らしい。宗教が背景にあると、ここまで教条的になれるというケースだが、これもまた現代インドの社会現象である。
その五に続く
◆関連記事:「サティー/焼殺される妻たち」
方々のブログに書き込んでいる割に、あんたモノを知らないな。元から徹底した男尊女卑の儒教圏が一人っ子政策をすれば、女児間引きに拍車がかかるのは想像がつくだろ。これでフリージャーナリストか(藁)
そういう文化があるとは知りませんでした。
>インドも中国も売春大国だが、この男女比を解消>できないのであれば、売春問題を解決することは>できないだろう
日本の江戸も男女の人口格差が大きくてそれゆえ遊郭が発達したって聞いたことがあります。この辺はどこも一緒ですね。
体を焼く火によって殉死する慣習は聞いたことが
ありますがあまりに無残ですね。伝統 慣習を安易
旧態依然と排撃するのは感心しませんがこれは
いくらなんでも。フェミストは生涯をかけて挑むべき悪しき習慣でしょう?
そして坂眞氏の発言はもう・・・・・。
他国は不明ですが、日本のフェミニストは女性の地位向上を装った特亜の手先が大半でしょう。フェミニストにはクリスチャンも多いようです。信者数の比率が日本と韓国では桁外れに違うため、日本人キリスト教徒は隣国に徹底した憧憬と劣等感を抱いています。