トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

独裁者のいない国、日本

2006-08-14 20:27:24 | 読書/日本史
 もし、東条英機が独裁者ではないと断定したら、左派寄りの人ばかりか保守の方でも疑問を感じられるかもしれない。その東条英機を独裁者とはいえないと著書で書いた人物がいる。トルコ史研究家の大島直政 氏だ。

 大島氏は著書『ケマル・パシャ伝』(新 潮選書)で、我が国は全く独裁者を必要としなかったし、独裁者といえるほどの人物が現れなかったという、世界でも珍しい歴史を持っている、と記している。 中東史に詳しい大島氏は、豊臣秀吉にしても徳川家康にしても、世界史に照らし合わせれば、とても独裁者だったとは思えない、秀吉の地位は他の大名たちとの 同盟政策でつくった諸大名連合政権のボスに過ぎなかったし、家康の地位も似たようなものである。家康は関ヶ原で自軍と戦った長州と薩摩を滅亡させることが 出来ず、対薩摩に至っては、その領地の完全保有を認めざるを得なかった。こんな弱い“独裁者”など、世界史のどこにも見当たらない、と断言する。

  もちろん、戦時中の日本が軍部の独裁にあったことは事実だ。しかし、それもあくまで軍部という「集団の独裁」であり、決して個人の独裁ではなかった。その 軍部の親玉だった東条英機にしても、戦況の悪化の責任を取らされて辞職させられているのだから、とても独裁者に相応しくない。そこが同じ軍部独裁でもナチ ス・ドイツと日本が根本的に違っていたところである。ヒトラーを免職することなど、ドイツでは全く不可能だった。

 日本の歴史が個人の独 裁を必要としなかった最大原因を、大島氏は我が国がまず純然たる農業社会だったことを挙げている。農村に独裁者は必要ない。全ての問題は「長老たち」の話 合いで解決できるのだ。その上国土が狭かったから、中国のように中央集権体制による統治など必要なかった。
 例えば徳川時代の日本が中央集権国家 だったと考えるのは間違っている。全ての土地とその土地が生み出す利益が、根本的に皇帝のものだった中国に比べ、徳川幕府の所有地は所謂「天領」だけであ り、全国民に無条件に適用される法律体系など幕府は持っていなかった。それゆえ、徳川幕府は個人独裁でも集団独裁体制でもなかったのだ。中国の歴代王朝の 皇帝たちに比べたら、徳川歴代将軍など、権力者としては足元にも及ばなかったと言ってよい。

 そして、この「村の長老たちの話合い」とい う政治パターンが、日本の歴史的な政治体制なのだ。今でも自民党にせよ野党にせよ、その体質は昔の農村運営のパターンと根本的に変ってない。それが悪いと いうのではなく、善悪の問題ではなくて、日本人の伝統的な精神構造に合ったやり方だと思う、と大島氏は結論を下す。

 もし歴史を学ぶなら、一つの国或いは特定の地域だけでなく、他の世界と比較すると自国の歴史が見えてくる、と言ったのはJ.ネルーだが、彼もまた日本の封建体制を大名による連合体で、歴代天皇も諸勢力に担がれた象徴に過ぎなかったと書いていた。
  それにしても、大島氏の意見は目からウロコだった。確かに日本史では絶対的権力を持つ権力者はまず存在しない。最後の将軍慶喜が大政奉還を行ったのを見て も、世界史ではまず例がない。幕末来日した欧米人も、同じような事態なら欧米なら最低数十年間は内戦状態となるだろう、との記録を残している。にも関ら ず、江戸時代イコール徳川独裁体制と思い込まされていたのは、マルクス史観の影響を少なからず受けていたのだろうか。

よろしかったら、クリックお願いします


最新の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (糸偏)
2006-08-15 03:59:46
はじめまして、いつもROMでしたが、初めてコメントさせていただきます。



私は、織田信長が独裁者に一番近かったのではないかと思うのですが、

結局は失敗していますし、確かに日本史上に独裁者と言えるような人物は見当たりませんね。

日本より小さい朝鮮半島にも居るというのに…

隣の国といえど、歴史も文化も違う「遠い国」ということでしょうか。



去年の郵政民営化解散のときに、小泉首相のことを独裁者だと言っていた反対派議員、評論家諸氏が居たのには失笑しました。

あの程度のことを独裁的と言うのならば、過去の日本にも何人も居たかもしれませんね。
返信する
英雄 (Mars)
2006-08-15 08:33:43
今日は。



先日、横山光輝の漫画、チンギス・ハンを購入したのですが、やはり、遊牧民にとっては絶対的指導者が必要になるのも理解できます。そして、その指導者も、実力がないと裏切られる。貧しい者同士が僅かな富を奪い合う姿は、現在のアフリカの様を思い浮かべます。



さて、中国といえば、その当時も今とあまり変わらず、僅かな餌で仲違いさせる(協力して反抗されないように)、異民族を見下し、朝貢させるなど、今の漢民?B
返信する
修正です。 (Mars)
2006-08-15 08:55:59
(携帯からで、切れてしまいました。)



今の漢民族の姿と同様に思えます。しかし、これに反抗・逆に支配したモンゴル人と事大した半島人の差は、定住生活だけなのでしょう?



過酷な環境が独裁者を生むのか、それとも、そこに住む民族が持ち続けたものがそうさせるのか。恐らく、両方の要素が絡み合ってこそ、稀代の英雄(独裁者)が誕生するのでしょうね。

(ヒトラーやナポレオンを望んだのは、国民自体ですからね。)
返信する
コメント、ありがとうございます (mugi)
2006-08-15 20:28:48
>糸偏さん、こちらこそ初めまして。

拙ブログをROMされて頂いて、ありがとうございます。



私も織田信長は日本史上の唯一の例外だと思いますが、その彼も統一前に失敗するのを見れば、これは必然だったと思います。明智光秀が動かなくても他の者がやったでしょう。統一を果たせなかった以上、彼は独裁者より英雄の方が相応しい。

堺屋太一氏も信長を「あまりにも非日本的」と評してましたが、それゆえ、破滅したような。



小泉首相程度が独裁者とはお笑い種です。評論家先生は本物の独裁者なら、独裁者呼ばわりしたら命はない事ぐらい、知らないはずがない。卑しくも評論家なら、もっと言葉を選んでもらいたいものです。
返信する
遊牧社会 (mugi)
2006-08-15 20:30:59
こんばんは、Marsさん。



私も横山光輝の漫画、チンギス・ハンを立ち読みした事がありますが、彼の少年時代のモンゴルは同じモンゴル人という意識は全くなくて、部族が違えば襲撃、殺害は当り前。これはモンゴルと同根の民族だったトルコ人や、人種は違ってもアラブの遊牧民も基本的に同じですね。自立心と自我が異様に強い遊牧民をまとめるのは、強力なリーダーでないと務まりません。遊牧社会には「強い者が遊牧し、弱い者が耕す」との諺もあります。



異民族を見下し、分割統治に長けているのは、東の漢族と西のアングロサクソンですね。特に前者は有史以来この思想なのだから、未来永劫変化ない。



漢化されなかったモンゴル人と朝鮮人の違いは面白いですが、同じ北方民族でも契丹人や満州族のように中華文明に呑み込まれた民族もいたので、モンゴル人はむしろ異色です。モンゴルに関して私も浅学ですが、日本が純然たる農業社会だったように、モンゴルは完全な遊牧社会だったのも影響しているのかも。
返信する