愛語

閑を見つけて調べたことについて、気付いたことや考えたことの覚え書きです。

邦訳本『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』の脱落について――(1)

2010-06-30 21:19:58 | 日記
 前回一部紹介した、原本(ペーパーバック)にあって、邦訳本『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』に無い部分について、詳しく記したいと思います。
 私は映画「コントロール」を見てイアン・カーティスに興味を持ち、邦訳本を読みましたが、そのときには特に何も気になりませんでした。私が邦訳本の問題点に気付くきっかけになったのは、その二ヶ月後に公開されたドキュメンタリー映画「ジョイ・ディヴィジョン」を見て、デボラの著作の引用として、「(イアンの)愛読書はドストエフスキー、ニーチェ、サルトル、ヘッセ、バラード、J・ハートフィールドの反ナチスの合成写真本(フォト・モンタージュ)。彼は人間の苦悩ばかり読んだり考えたりしていた」という記述が出てきたことです。イアンの詩がいろいろな文学から影響を受けているらしいこと、それは私が最も関心を持っていたことでしたから、イアンの読書傾向に関するデボラの記述は興味深く、印象に残りました。しかし、邦訳本は既に読んでいるのに、このような記述の存在には全く注意していませんでした。それで、読み落としたのかと思い、改めて確認しましたが、やはり見つけられませんでした。邦訳本には訳者の解説や覚え書(まえがきやあとがき)など一切ないので、全訳なのだろうとは思うのですが、アマゾンのレビューを見ると「完訳ではない。抄訳だ」と書かれていました。そこで全文を確認したいとの思いからペーパーバックを購入し、邦訳本と比較してみた結果、この読書傾向に関する記述が邦訳本にないのは、何らかの手違いによる脱落であったことが判明しました。
 まず、第1章と第2章について邦訳本と原本を比べてみると、落ちている段落はなく、全て一致していました。次にこの第1章と第2章について、頁数を比較してみると、第1章は邦訳本が18頁、原本が19頁、第2章は邦訳本が9頁、原本が9頁で、ほぼ同じ頁数となっています。
 全文を逐一検証すれば良いのですが、取り敢えず、以下の章については、内容を逐一合わせずに頁数だけ単純に比較してみました。すると、次のような結果になりました。

 章    原本  邦訳
第 1章   19頁  18頁
第 2章    9頁   9頁
第 3章    7頁   7頁
第 4章   14頁  13頁
第 5章   10頁  10頁
第 6章    5頁   5頁
第 7章   16頁  16頁
第 8章   12頁   8頁
第 9章    9頁   9頁
第10章   11頁  11頁
第11章   10頁  10頁
第12章    7頁   7頁
第13章    6頁   6頁
第14章    4頁   4頁

 殆どの章は、第1章、第2章と同様に、邦訳も原本とほぼ同じ分量です。その中で、第8章だけが、極端に頁数が異なるのです。
 そこで、邦訳本の第8章を検討してみると、102頁から103頁が、不自然なつながりになっていました。102頁の最後の段落に

 8月、イアンはもう一度「NME」誌の表紙を飾った。今回はバーナード・サムナーも一緒だった。イアンはレインコートと煙草は身につけず、

とあり、103頁の冒頭は唐突に

イアンのネルおばさんとレイおじさんが一ヶ月の休みを取ってテネリフェ島からやってきた。……

となっています。原本を見ると、この間に、前回載せた部分を含め、原本のペーパーバックで4頁と5行分の記述が入るのです。
 結論としては、邦訳本は原本の一部を訳さなかった「抄訳」ではなく、何らかの手違いにより訳文の一部が「脱落」してしまったものと見られるのです。これが、102頁の次が107頁に飛んでしまっているのであれば「落丁」ですが、頁付は102頁から103頁と連続しているので、所謂「落丁」ではありません。頁付は繋がっていて、102頁から103頁の文章も「……身につけず、イアンのネルおばさんと……」と、単語が途中で切れたりしていないので、ぱっと見では気付きにくかったのだと分かりました(よく読むと文脈がつかめないのですが……)。
 脱落の理由は想像するよりありません。ただ、訳はもともと全訳で、そして制作途中に何らかの理由で4頁脱落し、それに気付かないまま頁付を入れてしまった、ということなのだろうと思います。
 
 邦訳本の初版は2006年9月に出版されています。私が購入した2008年の3月の時点でまだ初版でした。今後再版があれば、脱落部分の補足なども望めますが、恐らくそれほど需要があるとも思えないので(というよりも、映画化されたからとはいえ、よくぞ邦訳を出版してくれた! という思いに尽きます)、残念ながら難しいかと思います。
 ただ、訳文は存在していたはずですので、できれば何らかのフォローによりこの部分が補えるようにして、「全訳」にして欲しいと思います。そのことを期待しつつ、それまでの繋ぎとして、脱落箇所に何が書かれていたのか、その概要を紹介しておきたいと思います。


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