goo blog サービス終了のお知らせ 

ほっぷ すてっぷ

精神保健福祉士、元新聞記者。福祉仕事と育児で「兼業」中。名古屋在住の転勤族。

公立校の中高一貫化

2007-12-30 08:48:33 | Private・雑感
高校同窓生の中では、賛同者がいなかった、
母校の「中高一貫化」。

来年度から、いよいよ始まるのか。

カリキュラムはこんな感じ。
http://www.chiba-c.ed.jp/chiba-h/chibachu/kyouikukatei.html

あの、生徒以上に自由奔放な
先生方を、「長期的教育の視点」とやらに落とし込めるんだろうか。
彼らは・・・「超長期的視点」で、みずからの研究分野を
熱心に語っていたが・笑。

ウィキペディアの記事はかなり愛校心があふれていて、
学校の方針は「真の学問の追求である」と書いている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E5%8D%83%E8%91%89%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1
先生方から聞いたことはないが、これを修正するのも間違いかな、と思える。


移動のある公務員教員、かつクセとコダワリ満載の、研究者たちを、
6年間、もしくはそれ以上のスパンでのカリキュラムで、
誰が統括するのだろう。
校長なんか2年やそこらで変わってしまう。
そこが、私立の中高一貫とかと異なる条件。

それがうまくいけば、成功するのかな?
「千葉高OB・OGを中心に」講演会があるとか。
人的資源と高校への貢献意欲は、当てには出来る気がする。


・・・結局、自分が経験したもののある一定範囲くらいしか
人間は想像できないし、創造も出来ない。
とすれば、環境的に、自発的に、楽しく研究してきて
教育されてきた感じのする彼らには、
少し期待してみたくもなる。

お願いだから、失敗してほしくない、という一卒業生の願いでした。

無敵の赤ん坊

2007-12-30 01:39:30 | Private・雑感
飲み会を抜け出して帰ってきて、お風呂に入ってもなお頭から離れない。

中学時代の同級生の、母親としての顔@だんなの待ちうけ画面。

赤ん坊(8ヶ月くらい)がほんとにもうかわいくって、
そして3人そろった写真は幸せがあふれていて。

「そういう人生もあるのか」とか
「私だったら」とか

考えるほど身近な感じはしない。
比べてるつもりはないのに「あ~敵わないな」と思ってしまう。

これが、「負け犬」って単語をずっしりとした存在感で
みんなに使わせてしまうんだろう。

気づいてしまったのは、これが、最近結婚した先輩の2ショットより
ずっとショッキングだったこと。

24歳。

これからずいぶん、こういう経験(同級生が母親になっていく)を
するんだろうな、そして考えるんだろうか。
・・・私は負け犬か、と?

いやいや。

どんな赤ん坊も、神秘的に美しいのだ。
そんなものに、敵うわけがない。
ただ、それだけが真実。

右目と左目

2007-12-29 17:02:46 | Private・雑感

目から腐っていく感じがします。

左目の視力が1.0、右目のが0.15なので、
右目だけコンタクトを入れるのですが、
3時間後に自発的に落ちます。

こういうときには目薬とか差すものなのか、
考えもせずに、それを捨てます。

コンタクトってきれいだなぁと、30秒くらい指の上で遊んでから、
捨てます。

右目は近視らしく、近くのものは左よりよく見えるらしいです。
そう言われれば、そんな気がしてくる。

そんなわけで右目と左目のバランスは最悪、
のままにパソコンを見続ける日々。

しかも集中力なく。

目から、精神的に腐っていく感じがします。

手にした小説が面白すぎて、危険だと思って近くに置かないようにして、
だったら集中できるかと思ったら、
パソコンの中に何かを探してしまったり。

大沢たかおはかっこいいと思う。
you tubeで深夜特急(テレビ版)の予告編がいくつかあって、
それを観ながら、中学3年生の夏を思い出したり。
深夜特急の再放送を見続け、塾の宿題をやってた。

ほぉら、よくないパターンにはまってる、
集中力のなさと少しの懐かしさ。

腐るな、自分。

せめてもう少し天気がよかったら、体動かす気にもなるのになぁ
なんて天候のせいにしてみたり。

ほぉら、よくないパターン。

みなさん(は)、よい年末を。
私も、やるだけやった感のある年末を過ごさなければ。

B型肝炎と薩長土の志士たち

2007-12-23 14:40:47 | Private・雑感
慢性のB型肝炎っていうのは、基本的には母子感染が原因らしい。
今では、ほとんどが気づかないうちに治癒する、もしくは気づかずに終わる、
という性格ではあるようですが・・・
そして今は、母子感染もほぼ完全にワクチンで防げるものらしいです。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand/2989/b-hepatitis.html

で、その分布は東南アジアに多いのだとか。
「東南アジア」には西日本も含むようで、
日本では関西以西に非常に偏って見られる。
B型肝炎にかかっている人は、60~70才くらいで早死にする。
(父の話では)

「九州男児や四国の人間に、酒飲みで喧嘩っ早いのが多いのは
B型肝炎が身近にあって、人生は短い、と思いながら生きてたからだ」

というのが・・・うちの父の仮説らしいです。
昨日、父とBS2のフォークソングリクエスト特集を見ていて、
河島英五が出てきたときの会話。
※彼は「酒と涙と男と女」を歌った人
http://www.musicfield.jp/item/467884/80
彼は香川だったかな?

どうだろうね・・・というか、「肝炎だから」なのか「肝炎になるかもしれないから」なのか、
で大きく違う話になってきますね。


関係ないけど、年の瀬です。
おととい、最後の大学院の授業。
ひさしぶりに大いに飲んで、大いに歌って帰ってきました、朝の5時・・・寒い。
まだ疲れが残っているのがアレですが、
楽しいもんで。というか遊んでくれる人が(まだ)いるってことに感謝?
そのときに感じたのは、
「一般的には」とか「絶対そうだって」っていう言葉に
私は過敏に反応するみたいです。
「あなたはこの世界のどんだけを知ってるというの!!??」
とネ。。。

さぁて、今夜は銭湯行って、金輪際の疲れをとってこようっと☆
それまでは頑張りますか。

ボリビア革命

2007-12-22 12:22:53 | Public
シングルマザーの貧困、失業問題は、悲惨だ。
おそらく若者や、高齢者のそれよりも・・・現在進行形で、悲惨だ。

ひとつの理由は、彼女たちは頑張りやだからだろう。
かなりの確率で、悲惨さに耐える根性を持っている。
子供がいるから、必死さが違う。
その悲惨な毎日に追われ、社会を憎んでも政治に期待する気など持てない。
・・・そんなところじゃないかと思う。

でも、政治に訴えると、大きなパワーになる。
(そこには「大量に」「失業している」より悲惨なシングルマザーたち、という
 条件が必要かもしれないけど・・・)
「彼女たちの唯一の武器が、投票権だ。」という紹介で始まる、
ボリビア革命におけるシングルマザー団体を撮ったドキュメンタリーでは、
彼女たちの政治的エネルギーの様相
―――パワーの源と維持の難しさと、限界―――
を取り上げていた。
http://www.nhk-jn.co.jp/wp/program/details/disp_j.asp?a=00&s=0&c=200712261717

ボリビア革命とは―――
スペイン軍に占領され、ずっと白人による政治的経済的支配が続いていたボリビアで、
60%ほどを占める先住民
(この言い方はどうなんだろう、別に彼らはマイノリティーじゃないのに。ボリビア民族、とかいう言い方はないのかな?)
が政権を取った、あの革命のことである。
農地改革、コカの栽培の推奨、天然資源の国有化。
MAS党、エボ・モラレス大統領は、貧しい人間への再分配の実現を目指す。


民主主義のよさは、やっぱり「数の勝負」というシンプルさじゃないかと思う。
必ずしもお金がなくても、頭数さえあれば革命が可能である。
それが、おそらくボリビアの例だ。

それに対して民主主義の難しさは、(革命後の)政治的決定の複雑さ、
と言えるかもしれない。
そこで主導的な役割を担うのが中流層と呼ばれる人たちだったりする。
ここは数だけでは決まらない、「一票以上の重みを持った有権者」(マスメディアとか学者とかのグループ)が左右する。
中流層の利害と底辺階層のひとたちの利害はしばしば一致しない。
もしくは(おそらく正しくは?)一致しているように見せかけられていても、実質的には中流層の利益になるようになっている。

それが、民主主義のジレンマ、なのかなと思う。

まさに、シングルマザーたちの苦悩もそこにあった。
政権党に議員を送り込むことに成功しても、雇用もお金も回すことができない。
おまけに汚職疑惑による団体分裂とかなじり合い。これがまた政治的影響力を弱めてしまう。これもどの「民主主義」にもある「ジレンマ・セット」のひとつだ。

「本当に救うべき人たちは誰なのか?」の答えはひとつじゃない。
そんなことを(考えるのは重要だけど)唱えるのは意味がない
(と先生は言うだろう)。
先生がシャンパングラス仮説、と言っていたもの
―――パーティー会場に重ねられたタワー状のシャンパングラスに上からシャンパンを流していく。
上が満たされないと、一番下は満たされないという流れは、
所得の分配にも当てはまる―――
というのはかなり当たっていると思う。
だから、(大概の国で一番上は満たされているとしても)
真ん中が満たされてない国は、一番下には早々期待できそうにはない。

「本当に救うべき人たちは誰なのか?」
私の中のひとつの指標は、「3Kと呼ばれるような職に
誰が一番に応募してくるか」というものである。
(これは「STAND UP」って映画を見ていて思ったことだ。)
何が何でも、働かなくちゃいけない。その枠にはかなりの程度シングルマザーが入ってくる国が多い。

そう考えると、ボリビアのシングルマザーが
「あまりに狭い部屋に子供と住み、鍋をかけっぱなしにしにしてしまったという
一回のミスで、一酸化炭素中毒のために母子3人がなくなる」
というような状況から脱することができる日は遠いかもしれない。

革命を起こすことと、革命を実現させることは違う。
悲惨な状況の人たちがせっかく政治にエネルギーを投じた国なのだから、
何か良い「実現」のニュースが届くといいなと思う。

NHK「ワーキング・プア」

2007-12-11 00:25:30 | Public
ともすれば、ワーキング・プアは若者の問題だと考えられがちだ。
私もどこかそういう認識があった。
特に、就職氷河期にあった4つ5つ上の世代の、非正規就業に関連付けられて
話が出てくるからかもしれない。

彼ら、若者のワーキング・プアの問題は、
彼らが結婚し、子供を持ったときに「貧困の再生産」(経済学では、動学的貧困:poverty dynamicsとか言うらしい)
の問題としてより深刻になる。
もしくは、プアなために結婚できない、子供をつくれない、といった問題。

逆に言えば、今子供がいたり、ローンがあったり、という
「大人のワーキング・プア」は、「今の」深刻な問題である。
昨年反響が大きかったらしいNHKの番組「ワーキング・プア」の再放送は、
そこに力が入っていた。(さっき、再放送がやっていて観たのだ。)

女性、中小企業、高齢者。
中小企業がグローバル化の波に翻弄され、
安い中国の労働力、もしくは日本国内の中国人労働者(研修生として
月給5万円くらいで生活する外国人労働者)との競争条件の中で
収入が決まっていく。=下がっていく。
彼らには子供がいる。
「貧乏から抜け出すには一に勉強二に勉強」
というのはビートたけしの母親だが、
プアに陥った彼らは誰よりも子供の進学を願うはずなのである。
結果、仕事は、増える。
教育費の高い日本で、貧困の連鎖はかなり起きやすくなる。

パートを3つかけもつお母さんや、夜勤のガソリンスタンドで
子供2人を育てるお父さん。
「彼らが体を壊したら」と思わずにはいられない。

時々、こういう番組は見なくちゃだめだ。
最近はBSドキュメンタリーも見てないな。

「お前らがこういう問題を考えなくて誰が考えるんだ?」
と先生の声が聞こえてきそうです。

女性の職業選択と結婚戦略!?

2007-12-09 11:32:01 | Private・雑感
12月8日、青山のレストラン。
友人(年の近い先輩)の結婚式に行ったのは初めてだった。
といっても2次会のパーティーなので堅苦しいものではない。
素直に素敵で、楽しい楽しい一日で、終わってしまって残念。
久しぶりにオシャレして出かけた。
新郎新婦は、バリバリの営業マンと、同じ会社の一般職の女の子。

ふと考えてしまったのは・・・これってパーフェクトな組み合わせなんだなと。
自分が男性営業マンだったら、同じくらい忙しくて
「家に帰っても家の灯りがついてない」結婚生活なんて
寂しいものだろう。
仕事をがんばる男性が、一般職の女の子を選ぶのは、ある意味合理的でもある。

・・・なんだか腑に落ちない。
総合職の女の子は選ばれにくいということか?

一般職選好の女の子と、総合職選好の女の子。
同じ効用関数として考えると、
前者は、定時労働時間と低賃金率のセットを選択、後者は長時間労働と高賃金率セットを選択。
両者が同じ効用関数上にある。

でも、ジョイントファンクションとかいう、女性と配偶者との
ジョイントされた効用関数で考えると、圧倒的に前者のほうが効用が高くなる。

ここで「仕事の満足度」を効用関数に入れてみる。
女の子のみの効用関数で比較すると、労働時間と賃金率のみのセットで比較して
後者のほうが低い効用だとしても、仕事の満足度が高いから
同じ効用関数上に乗るかもしれない。

問題は、女性の仕事の満足度が高くても、ジョイントファンクション上は
ほとんど影響しない、
すなわち女性の仕事の満足度が高かろうと、さほど夫婦の効用関数、男性の効用関数には
影響しないこと・・・!?
もちろん男性の仕事の満足度についても同じことが言える。

ということは、女性の総合職を選ぶ人は、どうしたって
比較的長時間労働になるわけで、
それで夫婦として営業マン・一般職ペアに対抗しようとするなら、
女性の仕事の満足度に共鳴するような男性を選ばなければいけないということか。

裏返せば、女性の仕事の満足度に大いに共鳴する男性以外は、
一般職女性のほうを選ぶ、ということ。

だから、総合職を選ぶ女性は、仕事の満足度の外部性が高い
(彼女がしてる仕事が男性のタメになる、とか、話のネタとして非常に面白い、とか
 男性にとって非常に役立つ技術が身につく、とか)
仕事を選んだほうがいい。

・・・ということか?

あ、あとはもちろん、女性の高賃金に効用を得るならば、
男性は総合職の女性を選ぶ。
なので、比較的不安定な職とか、低い賃金の職についてる男性は
総合職の女性大歓迎だろう。

ということで、もし総合職選好の女性が、低賃金でもない男性と
マッチングしたいなら、もしくは総合職の女性も高い賃金率に対し
効用を高めるなら(一般職の女の子と同水準で、という意味)
上のような条件が必要になるということですかね。

・・・どこか間違ってるかも、というかジョイントファンクションなんて
どうやって図に書くかとか知らないので自信はない。
が、出てきた答えは納得といえば納得。
当たり前といえば当たり前。

総合職に就く女性にとって悲しいのは、
一般職に就く女性だって、けっこう面白い話ができて、
活発で、頭いい子がいっぱいいるということかも?

・・・自分の話をしてるって?
いやいや、一般論です、抽象化した話☆

Anyway、楽しい一日でした。
カラオケ行ったら、自分の音楽知識を更新したくなった。
もうすぐ出るらしいドリカムのアルバムは買おうっと。

さあ、どきどきの12日間の始まり始まり、
論文論文、です。

介護の社会化・・・の根拠

2007-12-08 00:07:32 | Private・雑感
ロジックにうるさい法律家は、定義とかその根拠とかにこだわる。これは悪いことではない。ただ、自分がその根拠を理解していないからって、それについて批判的になるのは間違っている。法律学科の友人と、介護保険制度について話していたときの話である。

彼に言わせればこうだ。

今までの家族介護に対して、介護保険制度による営利企業サービスマーケットの拡大は、「人々(介護者)に安易に選択肢を与えること」になった。そのこと自体が、新たな選択肢<外部介護サービスの購入>を是とした制度設計上の価値判断が入っている。なぜ家族介護に限界が来たか、ということの根拠をしっかりと問うことをせずに選択肢を広げたように見えるので、まるで経済的目的が一番だったかの印象を受ける。

・・・「なぜ家族介護に限界が来たか」。

いやいや、そんな論点は経済学では分析されまくってるんじゃないかと思うよ、と言った。まずは寿命の延び、介護・医療サービス自体の高度化、経済的負担の増大。家族扶養機能の脆弱化、都市化などによる遠距離化。介護者であるお嫁さんの労働力化。「限界が来た」のではなく「限界の声が出なかった」と解釈することだって可能だと思うし、何より社会的入院の状態が、「外部介護サービス」へのニーズを表していたじゃないか。

彼が明言したわけではないが、「家族の介護を否定する結果になって、安易に家族の絆を断つことを促している。」ということを言ってるように思えた。日本型福祉国家、ここにあり!?たぶん彼はそこまで意図していなくて、おそらく「そこの議論が抜けていた、ということだけで介護保険制度は批判の対象となりうる」ということを言っていたのかもしれない。

でも、それがなんだ。・・・反論しながら、「別に保険制度によって外部介護サービスに促されているんじゃない、ただ選択の機会が与えられたことは、彼らの効用に従ったそれぞれの効用増大選択をさせやすくするんだから、それだけで評価すべきでは?」と、「選択の機会」を、まるで経済学者かのように強調していた自分に気づいた。おっと危ないなぁ。

法律家は、ロジックのつながりをチェックすることはしても、中身を分析することは苦手なのかもしれない。ロジックとか根拠ばかりにとらわれていては、全体像でよしあしを評価できない。全体を見ないのに入り口の形が気に入らないからって評価行為自体をやめてしまっているように見えた。

これから、いろんな人種と、いろんな頭の持ち主と会うことになるんだろう。ぜひ喧嘩上手になりたい。

トロツキー『わが生涯』(消化不良)

2007-12-02 22:10:43 | Book

トロツキー『わが生涯』をなぜ読み始めたのかは忘れた。

激しくて疲れる生涯である。しかもこの本は、国外追放された先々で、当時ロシアを牛耳っていたスターリンらへの批判と、レーニンとトロツキーの間の意思の合致をメッセージとして明白に打ち出している。なので読む方としては自分に訴えかけれているようで疲れる。

読み終わってだいぶ経つので(返却期限が来たので返さねば)あまり覚えていないが、読んだこと、だけ書いておこうと思った。ロシア革命は、1930年代の社会政治学者(?リップマンとか)には必ず批判されているように思う。失敗だとわかっていながら湧き起こった失敗、というようなニュアンスで。でも私はロシア革命をよく知らない。その理解の手助けになるかと思って読んだ。

結果としては、まだよくわからない。というのも、トロツキーは(レーニンも)1927年の革命そのものの時にはロンドンかどこか、ロシア国外に居て、革命が起きたのを知って急いで戻った、というような感じだからだ。もちろん、読む前と読んだ後では知識的には増えたものの、まだよくわからない。

ので、内容的には保留、という感じですね。

でも、自伝として、とくに上巻は面白かった。私なんかまだ一度も監獄入ったこともないし、一度も国外逃亡したこともないし、何も怖れることはないか、と思ったり(笑)。

彼が自伝を書き終えた後にした仕事―――インターナショナル、というもの―――をよく知りたくなった。

ま、一冊で全てわかろうなんてムシが良すぎるわけですね。