このブログは、ブログなので誰でも自由に見られるわけなんですが、
実際は、ごく少数の人に向けて発信されているメッセージです。
主に、安否確認というか、外国であいつは一体何をしているんじゃ?!
という日本に住む私を知っている人に対して、近況報告というつもりで書いていますが、
あまりに更新がきまぐれなので、逆に心配している方も多いかも。。。
今日、母と久しぶりに電話したら、面白い事をいいました。
母:「ねえねえ、最近ブログ更新した?してないよね?」
娘:「いや、してないよ。学校忙しくて~」
母:「最近パソコンの中身変わったから、自分だけ見られなくなったのかと思った」
いやいや、かーさん!!!
ブログはウェブ上にあるから、あなたのPCのバージョンアップとかとは何の関係もないよ。。。
って本人にも説明したけど、面白かった。
と、同時に色々申し訳無い気もしたよ。近くにいたら、すぐに教えてあげられるのにね。
すまん、母よ。君は賢いし向学心があるから、なんとかなるでしょう。がんばれ。。。
あ、こんなことを書きたいんじゃなかった。
題名のこと。最近、ハッとさせられたこと。
今、通っているキャリアプランのコースでのこと。
このコースは、前にもちらっと書いたけど、
移民で、ある程度の学も経験もあるけど、仕事が見つからないという人の為に開設されているもの。
クラスメイトには、実に様々な国籍や、人種や、バックグラウンドを持った人がいます。
慣れるとそんなに特別な環境って感じはしないんだけど、
たまにやっぱりカルチャーショックというか、頭で理解しても、心ではすんなり受け入れられない出来事が起こります。
これは、今までもしょっちゅう起こってきた事だけど、
ただただスウェーデンの事を悪く言い、すべての違い(自分の価値観とね)を羅列して文句を言う輩がたくさんいます。
だいたい適当に調子を合わせて、聞き流してお仕舞いにしちゃうことが多いのですが、
このコースでは、キャリアプランなだけあって、表面だけでは治まりきれない時が出てくる。
自分の履歴なんかをけっこう深く考えたり、お互いに話し合ったりするので、しょうがない。
そして、はてしもない身の上話に発展したり、自分の国がいかにすばらしいかの演説になっちゃったりもします。
そんな感じの人は、何人かいるのですが、
その中の一人、「ネガティブ先生」がいます。これは私がつけたあだ名。
ネガティブ先生は、その名の通りスーパーネガティブ&人の話しをあまり聞いていない、
そして彼女の元職業は先生。だからネガティブ先生。
私はお人好しなので、けっこうとばっちりをくらっていますが、そんなのは私だけじゃないみたい。
私は、そんなネガティブ先生がとても気になっていました。
先生というのは、そんなにネガティブ精神で勤まるんだろうかとかね。
かなり他力本願だったり、人の話しを聞いていなくて、皆が知っている事を後からまた聞いたりして迷惑をかけたりな感じだけど、
大丈夫なんだろうかとか。よけいなお世話ですね。でも気になる。
そんな彼女、クラスではいつも一番前の真ん中の席に座って、いちいち先生の言ったことに反応コメントします。
(これは、日本ではけっこう特殊?失礼?なことだと、私の感覚ではそうですが、こっちではそんなにおかしいことではないです)
なんだか授業中は、けっこう積極的!でも、重要なお知らせとかを聞き逃したりする。
わからない。。。理解しがたいのです。
そして私は、彼女と同じグループになってしまいました。(先生を目指しているから)
つい先日、グループに別れての授業の日。
私たちには前もってある教師のインタビュー記事を読むという課題が与えられていて、
その内容は、戦争から逃れてスウェーデンに移民し、今は立派に学校の先生をしているというものでした。
その女性教師は、自分と同じような境遇で移民してくる子供達には、
自分で頑張る気持ちも大切だけど、ある程度積極的に受け入れてあげられるような場所や人も必要なんだ、みたいな内容でした。
私はちょうど前日に、東北大震災2周年の新聞記事で、被災した村のある小学校ごと、埼玉のある小学校に合体して、
子供達は新しい環境でなんとか頑張っているけど、たまには地元の友達だけで遊んだりしてリラックスする必要がある、
というような記事を読んだので、その話しを皆に紹介しました。
するとネガティブ先生も、話し始めました。
自分も戦争から逃れて、スウェーデンに来て、
学生の時分は、学校にほとんど行けなくて、いつも家の中で隠れて勉強していた、等など。
彼女がどのようにして、先生になれたかはわからないけど、相当努力して今の生活にまでたどり着いたんじゃないか。。。
それなのに自分は、彼女をちょっとお荷物みたいにして思ってしまっていたなんて、本当に恥ずかしいです。
これで彼女がたまに鬱っぽくなってなだめるのが大変だったり、なだめても耳に入ってなかったりの説明がついたし、
授業中の振る舞いにも説明がつきました。もちろん、想像の範囲ですが。。。
グループには、他にも何人か戦争経験者がいます。というかクラスの何人もの人が戦争に直接なり、間接なりの影響を受けて、
移民してきた人たちかもしれない。
国の名前を聞けばだいたい察する事ができるので、そんな話はめったに誰かが口にすることはありません。
私たちの先生は言いました。
あなたたちが、先生になったあかつきには、是非そうゆうことを強みにして下さい。
自分は、スウェーデンに産まれ育って何不自由無く育ち、一度アメリカに行ってみたけどその時は英語もできたし、
言葉で苦労した経験も一度も無い。話しを聞いてあげても、実際どうゆうものなのか理解できない。
でもあなたたちは、自分と同じ様な経験をしている多くの生徒の気持ちを身を持って理解してあげることができる。
そうゆう存在を必要としている子がたくさんいますよ。
なかなか感動的な締めくくりでした。
でもなんだか感動している場合じゃないのです。私はどっちかと言えば、何不自由なく育った側。
スウェーデンにも自分で引っ越したいと思って引っ越してきた。
自分の国に帰りたくても帰れない人の気持ちなんて、一生わかりはしないだろうなという気持ちを
残念ながら再確認した日でした。その上で何ができるか考えよう。
なんだか夜中なので、だらだら書いてしまいました、、、
乱文にて失礼!
ヘイド~