日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

はまなす惜別乗車 - 平次

2016-01-29 21:19:31 | 居酒屋
すすきので呑むかのように見せかけておきながら、一軒目は違う店と決めていました。地下鉄に揺られてやってきたのは北24条の「平次」です。
「北斗星」の乗車にかこつけ北海道へ渡った去年の六月、その日のうちに帰京できる最後の列車に乗り遅れ、「はまなす」から翌朝の新幹線に乗り継いで帰るというまさかの展開がありました。そのときに立ち寄ったのがこの店です。すすきのへ向かうため地下鉄に乗ろうとしたところ、北24条の駅前にある古びた酒場が目に留まり、閃くものを感じて飛び込んだのがそもそもの始まりです。世間での知名度は皆無に近く、酒も肴もごく平凡。しかしきめ細かい泡のビールがうまく、湯煎された酒の燗具合も上々、創業42年の矍鑠とした店内がよい味を出しており、温厚な店主と常連客の醸し出す雰囲気も秀逸という名酒場で、次回札幌で呑むときにはすすきのを差し置いてでも再訪したいと考えていたのでした。
再訪にあたっては不透明な部分もありました。上記の通り何の事前情報もなく飛び込んだ店ということもあり、定休日、営業時間などが全く分からないのです。金曜に呑み屋が休むことは考えられず、少なくとも定休日で振られることはないでしょう。しかし、年配の店主が一人で営む店だけに、早ければ九時か十時頃の閉店ということはあり得るだろうと想定しました。九時ならもう看板、十時でもそろそろ暖簾を入れようかという頃合いだけに、わざわざ北24条まで行きながら、看板で振られるという事態が懸念されたわけです。もちろん電話一本入れて確かめれば済む話とはいえ、地元客しか来ない御常連御用達の店に、よそ者が電話をかけて乗り込むという行為が、無粋な行為のように思えたとでも申しましょうか。万一振られてもすすきのがあると割り切り北24条の駅で降りると、通り沿いに行灯の明かりが見えて、無事再訪と相成ったのがここまでの顛末です。

暖簾をくぐるや店主に迎えられ、暖かいからといわれて玄関に最も近いカウンターの右端に通されました。手の届くところに黒電話があり、壁際では年代物のガスストーブが燃えています。昼間訪ねた「大黒寿司」にしてもそうでしたが、北国の酒場では暖かい場所こそが特等席なのでしょう。先客のうち二人が自分と入れ替わりに出て、残ったのは中ほどに二名。よくよく見ると、お姉さんの方は前回訪ねたときにも見かけたような気がします。今度はその二人組と入れ替わるようにして老夫婦が入り、互いに挨拶を交わすなどしています。やってくるのは常連ばかり、しかも常連同士が知り合いという状況は、前回訪ねたときと変わりません。生ビールのきめ細かい泡と、矍鑠とした店内についても同様です。
その一方で変わったことが一つありました。平凡と思っていた品書きが様変わりしていたのです。羅臼のほっけ、佐呂間の牡蠣、襟裳のツブに増毛の鰊といった道産の魚介が短冊に並び、黒板に書かれた刺身も、にしん漬け、ハタハタ飯寿司、氷頭なますといった北海道らしい一品料理も充実しています。この店では魚介が主役で、北陸と同様冬こそ本領発揮ということなのでしょうか。肴よりも雰囲気を味わう店という先入観があっただけに、この充実ぶりはありがたい誤算です。

老婦人は丸瀬布の出身、店主の母方も同郷だそうで、そちらの話に花が咲いています。丸瀬布といえば、自身も昨秋に通ってはおり、両隣の白滝、遠軽にも行っています。そして遠軽といえば鉄道の町であり、近年では高校野球でも注目されました。自分にもなじみの深い話であり、会話に割り込む余地は十分にある状況です。しかしあえてそれはしませんでした。たかが一回訪ねただけのよそ者が知ったような顔をして割り込むことが、やはり無粋な行為のように思えてならなかったからです。もちろん、北海道の人々がよそ者に寛大なのは承知しており、割り込んでも迷惑がられることはなかったのかもしれません。しかしそうする資格が出てくるのは、何度か足を運んで店主に顔を覚えてもらってからでしょう。
遅い時間になっても常連客が三々五々入ってきます。そのうちの一人である新年会帰りの御仁が、店主と会話していたところによると、やはり跡取りはいないそうです。もちろん、なくすにはあまりに惜しいという声は根強くあり、引退するなら譲ってほしいと名乗り出ている人物も複数いるとの話でした。良心ある人物に引き継がれればそれが一番とはいえ、店主あってこその店ならば、一代限りで幕を引くのも人生でしょう。よそ者には店主の考えなど知る由もない話ではありますが、少なくともこの店と店主が現役であり続ける限り、札幌に来るたび立ち寄りたい名酒場です。

平次
札幌市北区北二十四条西4-4-1
011-757-6460

黒ラベル・北の誉×3
お通し
氷頭
甘塩たらこ
油揚

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