日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

錦繍の飛騨を行く - あんらく亭

2015-11-21 21:48:23 | 居酒屋
教祖の番組「ふらり旅 いい酒いい肴」で高山が直近の二週にわたって取り上げられたことにより、「樽平」だけだった持ち駒が四つに増えました。これは結果として非常に大きかったことになります。高山での一軒目には、今回紹介された店の一つ「あんらく亭」を選びました。
天の邪鬼の性分故に、教祖が幾多の著作で激賞してきた「樽平」をあえて外したのかというとさにあらず。いの一番に考えていたのは最も月並みな選択肢でした。高山に泊まるという滅多にない機会だけに、最も推されてきた店を選びたくなるという事情に加え、一見客で混みそうな時間帯を避けたかったこともあります。お客が引けてくるであろう遅い時間に、万全な腹具合で入れるという条件が重なったため、「樽平」に行くなら今夜だろうと思い立ったのでした。
ところがそうは問屋が卸しません。事前情報を頼りに店へ向かうと、10時前の時点で無情にも袖看板の明かりが落ちていました。今回新たに紹介された三軒がなければ、全く初見の呑み屋街に何の手がかりもなく放り出されていたわけです。あわやという状況のところ、残る三軒のうちの一つだった「あんらく亭」に落ち着いたというのがここまでの顛末です。

上記の通り、「樽平」をいの一番に考えていたのは、四つある持ち駒、今夜の開始時刻と腹具合、さらには明晩もあるという諸条件を踏まえての判断であり、単純に行きたい順で選んだわけではありません。結果として選んだ「あんらく亭」も、有り体にいえばその時点の一番ではありませんでした。
教祖が今般紹介した四軒を、画面からの印象だけで分類した場合、まずこの店と「樽平」はこれぞ教祖の推奨店というべき老練な店、もう一軒は近年の教祖が好む小洒落た店、残る一軒はやや異色な、どちらかといえば「酒場放浪記」に出てきそうな大衆的な店でした。実は、その中で最も心惹かれたのは大衆的な店の方だったのです。しかし、老練な店が二つある以上、一軒は今夜に、もう一軒を明日に回すの順当というものでしょう。その結果、最も行きたい店をあえて翌日に回し、今夜は老練な店の一つを選んだ次第です。居酒屋一軒選ぶにも、様々な思惑があるとでも申しましょうか。

こうして訪ねた「あんらく亭」でしたが、さすがは教祖の推奨店、二番手三番手には役不足なほどの名店です。店は「樽平」と全く同じ南北方向の通りにあります。呑み屋街の最も賑わう場所から少し離れた薄暗い通りで、古い家屋が軒を連ねる中に飲食店の明かりが点在するという雰囲気がまず秀逸です。「樽平」を素通りして通りを奥へ進むと、棟続きになった古い町家があり、その中の一角に袖看板が灯っていました。
間口はごく狭く、木綿の暖簾をくぐると右手に七、八席分のカウンターが一本延び、突き当たりに半個室の小上がりが一つ。ささやかな店内を仕切るのは、高松「美人亭」の女将にどことなく似た目の細い店主です。床は三和土で天井は網代、そこから花びらのようなランプシェードが下がり、ほどよい明るさに照らされた店内の居心地は上々で、壁に掛かった年代物の時計と、今時カセットテープから流れてくるフォークソングが郷愁を誘います。
カウンターの前で靴を脱ぎ、ベンチシートを跨いでから着席するようになっているところは、同じく四国は松山の「たにた」を彷彿とさせます。背面が食器棚になっており、そこに立派な食器が並ぶところも、品書きの黒板が下がるところもどことなく似ていて、居酒屋よりは料理屋、割烹の趣です。目の前で包丁を捌く店主の仕事ぶりからしても、一枚格上の店なのはありありと感じられました。しかし、そのような店であっても気兼ねなく酒が呑めるところに教祖の推奨店の真骨頂があります。いかにも高そうなお造りなどが並ぶ一方で肴も揃い、それらを一つか二つ選んで酒を酌むにはおあつらえ向きです。実際、後から入ってきた一人客は湯豆腐を選び、徳利を一本空けて立ち去りました。

その一人客と先客の三人組は知り合いらしく、席に着くなり挨拶を交わしており、さらに三人組と小上がりの宴会客も知り合いのようです。これはすなわち地元の御常連御用達の店ということでもあります。その理由は品書きにもあるのでしょう。カウンターの背面に二枚並んだ横長の黒板は、右側が造り、焼物などの魚介中心、左が一品料理中心で、その中には朴葉味噌、飛騨牛などのよそ者が思いつくような品々がほとんどありません。ふくらぎ、黒作りなどが並んだ品書きは、飛騨というよりあたかも北陸のようであり、よそ者が勝手に連想する「飛騨らしさ」は希薄です。これでは観光客が寄り付くことはないでしょう。
しかし、自分自身「飛騨らしさ」なる得体の知れないものを求めて来たわけではなく、むしろ高山の古い呑み屋で一献傾けたいというのが第一でした。かような観点からすれば、一見の観光客で混み合う人気店より、こちらのカウンターの方が好都合だったということになります。「全国居酒屋紀行シリーズ」の頃に比べて俗な演出が目立ち、何かと否定的な評価をしがちだった現在の番組ですが、この店を取り上げるとはあながち捨てたものではありません。僭越ながら、この番組の存在意義を見直したというのが偽らざる心境です。

あんらく亭
高山市総和町1丁目50-23
0577-33-3077
1800PM-2400PM
日曜定休

麝香清水二合
突き出し(白子酢)
身欠にしん
田舎のあげやき

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