日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

早春の出雲を行く - 京都鉄道博物館

2017-03-21 17:48:27 | 近畿
京都鉄道博物館を訪ね、五時半の閉館まで粘って終了となりました。門扉が閉じられ、残っていた利用客をバスが運び去って、ようやく静かになったところです。
鳴り物入りで開業してから一年弱、盛況ぶりはいまだに衰えず、土日の鉄道博物館と同等以上の人出でした。雨の平日でこれなら、昨日までは取り付く島もなかったのでしょう。結果としては平日を有効活用できたことになります。ただし、内容的にはよくも悪くも予想通りでした。大宮の鉄道博物館、名古屋のリニア・鉄道館に引けをとらない立派な施設ができたのはよいものの、それ以上でもなければそれ以下でもなかったということです。

過去一年に限っても、小樽の総合博物館、門司の九州鉄道記念館、横浜の原鉄道模型博物館など、同種の施設をいくつか訪ねてきましたが、それらはいずれも「ここにしかない」と言い切れるものを持っていました。小樽についていえば、保存状態こそよくないものの、広い敷地に圧倒的な数の車両が展示され、しかもその多くが北海道でしか見られない貴重な車両でした。蒸気機関車関連の部品と工具を無数に並べた別館も見応え十分でした。門司についていえば、規模こそ小さいものの、鉄道草創期の建物が活かされ、古レールと記念切符の展示は全国随一の充実ぶりでした。原鉄道模型博物館にいたっては、無数に収蔵された模型はもちろんのこと、切符にも映像資料にも唯一無二の価値があり、特にレイアウトは国内どころか世界最大級の代物でした。
ところがこちらについては、鉄道博物館の二番煎じという印象を拭えませんでした。かつての蒸気機関車館に隣接する形で、上屋つきの車両展示場を二ヶ所、さらに三階建の本館を配置し、吹き抜けになった館内の中心にも車両を並べるという造りは鉄道博物館によく似ています。ただし、館内の展示車両に関していえば、両数も、車種の幅広さもあちらを超えるものではありません。大半の車内が閉鎖されているのも残念でした。もちろん、車内を立入禁止にして、よりよい状態で保存するのも一つの方策ではあります。しかし、そこまでするのであれば、登場時の姿を寸分違わず再現するなどの付加価値があってほしいものです。しかるに、現役末期に改造された車内をそのまま残し塗装だけ復元するなど、中途半端な対応が目立ちました。ホームに相当する部分と車両の間が隙間なく埋められ、臨場感が損われているのも残念です。
中途半端なのは模型についても然りです。原鉄道模型博物館と比べるのはさすがに酷だとしても、架線柱が全くないレイアウトを電車が走るという光景には違和感を禁じ得ません。シミュレータもおもちゃ同然の代物で、いずれにしても文字通りの子供だましです。後発である以上、既存の施設を超えるものを目指すのが本来あるべき姿にもかかわらず、明らかに劣るものを展示して憚らない姿勢には疑問が残りました。

閉館まで滞在したということは、見るべきものがなかったわけではないのです。一階は車両展示を中心にして歴史と技術を扱い、二階はレイアウトを中心にして主に営業関係を扱うという構成は理にかなっており、たとえば技術については車両、保線、信号、通信、電気、土木に分けられていて、一通りの分野を網羅しています。しかしこれは悪くいうと総花的ということでもあり、全てにおいて掘り下げが浅いという印象を受けました。
少なくとも二階の展示については、多少なりとも独自性はあり、特に硬券の印刷機と歴代マルスの展示は貴重でした。しかしそれらの大半はかつての交通科学博物館から受け継いだものです。全体を通じてみると、梅小路蒸気機関車館の隣に交通科学博物館が移転してきただけといっても過言ではなく、新たに付け加えられたものの価値がほとんど感じられません。
京都といえば我が国初の電車が走った街であり、関西といえば国鉄と私鉄が長年競い合ってきた土地でもあります。ところがそれらについては二階の一区画にまとめられ、申し訳程度に扱われているに過ぎません。この展示を三倍以上に拡大し、吹田にあるモハ52を移設して一番目立つ場所に据え付ければ、相当見応えが出てくると思うのですが。リニア・鉄道館にさえ収蔵されたモハ52と117系が、発祥の地たる関西にないという現状はいかがなものでしょうか。国電の双璧を欠くばかりか、P-6にもモヨ100にも言及すらしない展示は、片手落ちの誹りを免れないでしょう。

USJとやらで遊ぶことを思えば、これだけの展示物が揃って1200円の入館料は安いともいえ、少なくとも親子連れが一日過ごすには恰好の施設です。しかし、既存の施設に比べると、規模が大きいばかりで独自性の乏しい残念な施設という印象でした。少子高齢化がますます進んでいくこれからの時代、ほとぼりが冷めた後のことが思いやられます。JR西日本の凋落ぶりを改めて見せつけられた次第ですorz

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