晴れてくれれば湿原とやらに行ってみるつもりでした。しかし、この曇り空では仕方がありません。とはいえ代わりに用意していた場所もあります。その一つが雄別鉄道の機関車です。工場の一角にあるというその機関車を、今回初めて訪ねました。
その名も釧路製作所といい、橋梁などを製造しているところのようです。件の機関車は門扉のすぐそば、外からでも見える位置に鎮座していました。しかし日中は誰でも見学できるようになっており、機関車の脇には来歴を記した看板が、新釧路の駅名標とともに建っています。明治の末年に製作された、国産初の大型旅客機というのがその触れ込みです。由緒正しき機関車が、屋根付きの好条件で保存されているのを喜ばしく思います。
ちなみに、思わぬ出会いがありました。この機関車にちなんだ品を事務所で販売していると知り、感謝のしるしを兼ねて所望したところ、応対に出た御仁がその道では有名な愛好家の方だったのです。ここへの移設が実現したのも、この御方が一役買ったからなのでしょうか。現地でしか知り得ない耳よりな情報を、お名刺とともにいただき辞去しました。
その名も釧路製作所といい、橋梁などを製造しているところのようです。件の機関車は門扉のすぐそば、外からでも見える位置に鎮座していました。しかし日中は誰でも見学できるようになっており、機関車の脇には来歴を記した看板が、新釧路の駅名標とともに建っています。明治の末年に製作された、国産初の大型旅客機というのがその触れ込みです。由緒正しき機関車が、屋根付きの好条件で保存されているのを喜ばしく思います。
ちなみに、思わぬ出会いがありました。この機関車にちなんだ品を事務所で販売していると知り、感謝のしるしを兼ねて所望したところ、応対に出た御仁がその道では有名な愛好家の方だったのです。ここへの移設が実現したのも、この御方が一役買ったからなのでしょうか。現地でしか知り得ない耳よりな情報を、お名刺とともにいただき辞去しました。
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