政府与党が、向こう5年間を「改革集中期間」とする農政改革の全容を決めたとする報道が、6月11日の新聞各紙にありました。全国にある約700の単位農協を指導してきた全国農業協同組合中央会(全中)の権限縮小を進める一方で、これまで一貫して零細農家の保護に重点を置いてきた日本の農政の「転換」を図るというものです。
戦後の農地解放以来50年以上にわたり厳しい参入規制により守られてきた日本の農業(農家、そして農協)ですが、TPPによる農産物の輸入拡大が予想される中、農業従事者の高齢化や農業後継者不足に加え増え続ける耕作放棄地の問題などが顕在化し、これまでのシステムを大胆に変更しイノベーションを図らなければ立ち行かなくなる局面を迎えつつあると言えるかもしれません。
小泉構造改革以来、それまで「閉鎖的」と国際社会から非難を浴びていた日本経済においても、社会、経済の様々な分野で規制改革が大きく進められてきました。しかしながら、こと農業の分野について言えば農地制度をベースとした新規参入のハードルは依然高く、(既存の農家が先祖伝来の土地を守っていくことを前提とした)日本ならではの小規模営農のシステムが、ともすると農業者の効率的な経営を阻み日本農業の国際的な競争力を奪っているのではないかと指摘する声が大きくなっています。
6月10日の日本経済新聞の紙面では、慶応義塾大学教授の塩沢修平氏が「試論・農業改革」と題する寄稿において、現在の日本の農業をめぐるこうした課題を分かりやすく整理し今後の農政の方向性に関する論点をまとめているので、備忘のために紹介しておきたいと思います。
一般的に日本の気候条件は農業に適しており、農産物の質を求める市場も発達していることから、日本の農業の潜在能力は極めて高いというのが、日本の農業環境に対する塩沢氏の評価です。しかし、多くの地域では小規模な農家が併存し農器具などの資本も重複しており、実態として(他国と比べ)効率的な農業経営がなされていないとこの寄稿で塩沢氏は指摘しています。
塩沢氏によれば、参入規制や農地所有規制などの制度的な障壁が意欲ある人々が力を発揮するのを拒んでいることから、特に若年層や潜在的な参入企業にとって魅力的な環境にあるとは言えず、結果として個別の農地では人手不足や後継者難が生じて、多くの耕作放棄地が生まれているということです。
政府によるこれまでの農業政策は、「個別農家の所有農地を守る」という前提(鉄則)のもとに進められてきたというのが塩沢氏の基本的な認識です。こうした政府の方針に対し、氏は、産業としての農業の発展と小規模農家の土地所有を守ることとは別問題として切り離す必要があると主張しています。
現行制度では企業が農業に参入する際には農業法人への出資という形を取ることが求められており、その出資比率も25%までと限定されている。農地のリースは可能とされているが有効活用できる状況にはなっていない。「大規模化による農地の有効活用」という視点に欠けており、競争力の強化に繋がっていないと塩沢氏は現行制度の問題点を厳しく指摘しています。
政府によりこうした政策がとられてきた背景として、塩沢氏は農家戸数の維持が農協の収益や発言力の源泉となっていることを挙げ、産業としての競争力の強化よりも政治的に優先されてきた結果に他ならないと非難しています。
具体的には、農地に対する固定資産税率が極めて低く相続でも優遇されているため農地自己所有の機会費用が低く、(農家が)耕作のためというよりは地価上昇に伴うキャピタルゲインに期待して農地を保有し続ける傾向を産んだこと。さらにその結果として、耕作放棄地や実質的に利用(市場作物が出荷)されていない農地が増えたことなどを氏は指摘しています。
塩沢氏によれば、昨今、そうした優遇措置の根拠は農地の持つ「多面的機能」と言われるもので説明されることが普通になっているということです。その土地から得られた農産物が生産、流通などの市場を経由することによって得られる機能(社会的利益)に加え、生活環境の保全や洪水の防止、景観の維持といった「外部性」を含めた機能を維持していくためにはこうした優遇措置が必要だとする主張です。
しかし、こうした「機能」は全国どこの農地でも一律というわけではないというのが塩沢氏の指摘するところです。農地の税制面での優遇措置はあくまで多面的機能を適切に反映している場合に限るべきであり、それらを個別に評価する必要があるというのが、この問題に対する氏の見解です。
このような優遇措置の存在により、農業と農業以外の分野との競争条件の公平性が保たれていないと塩沢氏はしています。そして、その結果として、多くの農地が「国民(全体)の資産」として有効活用されていないといのが塩沢氏の認識です。
こうした問題を解決するため、塩沢氏は次のような政策展開を提案しています。
まず税制面では、「高額資産や高収益には高額課税」とするこれまでの発想を改め、高収益の農地には低額課税をするという発想への転換が必要だとする考え方です。耕作放棄地や有効活用されていない農地に対しては宅地並みかそれに近い税率に引き上げ、逆に農地としての利用効率が高い農地ほど税率を下げること。こうすれば転用期待の土地所有の機会費用を高め、集約化を促す効果が期待できると塩沢氏は述べています。
塩沢氏はまた、「先祖伝来」の農地の所有権を手放さずに所有所が恒常的なインカム・ゲインを手にできるようにするために、農地の「利用権」の移転を実物資本の出資と同様に考えることも効果的ではないかとしています。株式会社、農業法人、個人を問わず、最も収益性が高いと思われる耕作主体に耕作権を移転し、出資比率に応じ農業経営から得られた利潤に対して配当を受ける仕組みを考えてはどうかという提案です。
そこからの収益はいわゆる「地代」のように固定されたものではないため、当然、出資には変動のリスクが伴うが、一方で、意欲と能力のある生産者への利用権の移転は、利用度に応じた固定資産税率を組み合わせることで、収益期待と税負担の軽減という両面から「農地利用権」を貸し出すことへの経済的誘因となるだろうというのが塩沢氏の考え方になります。
理論的に考えても、最も生産性の高い農業経営主体が比較生産性が低い主体から何らかの形で農地の利用権を得て集約的に耕作し、その収益を適切に分配するという状態が安定的であり効率的であることは間違いないと塩沢氏は言います。高い生産技術がより広い耕作地に適用され、人的資源と資本が効率的に投入されることが日本の農業の再編にはどうしても必要だとする氏の提案を、(ある意味理想論とは言え)大変魅力的なものとして受け止めたところです。
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