MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

#2509 「医師不足」は本当か?②

2023年12月08日 | 医療

 「朝から少し具合が悪い」「ちょっと気になるところがある」と思っても、長い待ち時間を考えると躊躇してしまうのが病院の外来受診です。「3時間待ちの3分診療」という言葉が示すように、具合が悪い状態で長時間待たされるのはホント勘弁してほしいと感じたことがあるのは私だけではないでしょう。

 (少し前のデータですが)厚生労働省が実施した「平成29年度受療行動調査」によれば、外来患者の診察等までの待ち時間は「15分未満」が26.1%で最も多く、次いで「15分~30分未満」が23.1%、「30分~1時間未満」が20.4%とのこと。一方、1時間以上は残りの約3割となり、「案外待たされていないな」という気がしないでもありません。

 しかし、このデータが病院側の報告に基づくことや、病床数100~499床の中規模病院では1時間以上の待ち時間となる場合が32.5%、500床以上の大規模病院では33.5%と病院の規模が大きいほど待ち時間が長くなる傾向があることなどを考えれば、病院がそんなに患者フレンドリーになっているわけでもないようです。

 そうした病院に行って感じるのは、やはり医師の皆さんが皆忙しそうなこと。大学医学部入学定員の拡大が続き医師の数は増え続けていると言われますが、どこの病院に行っても若い勤務医の皆さんに総じて余裕は感じられません。

 高齢化が進む中、地域医療のひっ迫を踏まえ医師不足が言われることの多い昨今ですが、本当に医師は不足しているのか。不足しているなら、その原因はどこにあるのか。9月4日の日本経済新聞に社会保障エディターの前村聡氏が「『医師不足』は本当なの? 増えても地域・診療科に偏り」と題する一文を寄せていたので、参考までの本稿に残しておきたいと思います。

 2020年末時点で医療施設で働く医師数は32万3700人。10年前から約4万人増え、人口10万人当たりで見れば40年前の約2倍、経済協力開発機構(OECD)の加盟国とほぼ肩を並べたと前村氏はこの論考に記しています。

 それでも医師不足が叫ばれるのは、増えた医師の勤務地が偏っているから。特に、患者数が多い都市部と入院ベッド(病床)が多い西日本に医師が集まっており、例えば最多の徳島県と最少の埼玉県では2倍近い差があるというのが氏の指摘するところです。

 政府は、地方の医師を増やそうと1973年に全都道府県に医学部を置く構想を閣議決定し定員を増やした。しかし、競争の激化を恐れる日本医師会の声に押され、82年以降は抑制に転じたと前村氏はしています。

 これにより地域差は深刻となり、2006年に政府は不足県の医学部に対して、同じ県内で一定期間働けば奨学金の返還を免除する「地域枠」を拡大した。これには一定の効果があったが、いまだ偏りの是正には至っていないというのが氏の認識です。

 一方、ここ10年では東京23区内で美容外科、皮膚科、精神科の診療所が急増しているとのこと。これらの診療科では入院患者や急患に対応する勤務医や在宅患者を担当する訪問診療医に比べ労働時間が短く、さらに自由診療を手掛ければ利益を大きくしやすいと前村氏は話しています。

 氏によれば、医師は医師免許さえあれば好きな場所に開業でき、掲げる診療科も原則自由とされているとのこと。そしてこれが原因となり、地域や診療科の偏在を生む主因になっているというのが氏の指摘するところです。医師養成や保険診療には高額な税金を投入している。であれば、職業の選択は自由だとしても、一定の制限を設けない限り偏りはなかなか解消しないというのがこの論考における氏の見解です。

 一方、医師が足りなければ増やせばよいというものでもない。医師が多くなりすぎると、全体の医療費が増える可能性があると前村氏はここで説明しています。本来(自由競争下)であれば、供給が増えれば価格は下がるもの。しかし、現状は保険診療制度の下で政府が価格(診療報酬)を決めており、単純な市場原理は働かないということです。

 さらに、長時間労働を規制する「働き方改革」にも(偏在是正の)効果が期待できるが、そもそも人材が適切に配置されないと競争が激化し、不要な医療の提供などで医療の質を低下させる恐れもあると氏はしています。

 そうした中、入院患者を診ることを主務とする病院は、病床数が増えすぎないよう(自治体が策定する地域医療計画などで)地域ごとに規制がある。しかし、主に外来患者を診る診療所なら(コンビニや喫茶店と同じで)自由に開業できると氏は説明しています。

 診療所はビルの一室でも営業できる。掲げる診療科も厚生労働省が認める診療科名であれば規制はなく、治療内容も患者に柔軟に対応できるよう医師の裁量が大きく認められているということです。

 医療資源は公共のもので、医師個人の自由な営業に任せていては住民の福祉に繋がらないと前村氏は考えています。

 英国では税金を財源とした国営システムで医療機関を地域の偏りが生じないよう計画的に整備しており、患者は登録した診療所で受診する制限があるとのこと。一方、ドイツやフランスでは社会保険によって医療を提供しているが、開業や患者の受診は自由だということです。

 医師の持つスキルは個人の財産として市場に任せるべきものか、それとも国民全治に共有される社会的な存在なのか。世の中の人々がすべからく健康で暮らしやすい世の中をつくるために、医療の在り方全体を見直す時期がきているのかなと、氏の論考を読んで私も改めて感じたところです。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿