はと@杭州便り

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杭州:戦争の記憶

2013-06-20 17:49:37 | 杭州生活
杭州に今も残る貴重な戦争の記憶。

1937年12月24日、日本軍が杭州に侵攻、陥落。
その後終戦まで約8年間続いた日本軍の占領。

わずかですが今も当時の戦争の記憶を留める場所が残っています。

1.艮山門に残る日本軍のトーチカ





当時艮山門には鉄道駅(貨物駅か?)があり、それを守備するために作られたものと思われるトーチカ。
今も一般の住宅として残されている。

2.泗水新村に残る日本軍慰安所の建物





こちらは繁華街・延安路の東、浣紗路にあるので通りがかった人も多いかも。
戦時中、杭州にあった4箇所の日本軍慰安所のうち、ここだけが当時の建物を残している。
再開発により取り壊される可能性もあり。

当時を知る人の話では、中で働いていた慰安婦のほとんどは朝鮮人で、少数だが日本人の慰安婦もいたとか。

3.杭州神社

こちらはもう跡形もなくなってしまったけれど、湖濱路にあった杭州神社。



戦時中、中国国内に建造された神社の数はわかっているだけで52社。
杭州にも1940年10月に建造され、当時の記録では氏子数は約300。

戦後取り壊されたので今は跡形もないが、恐らく今の一公園にあったと思われます。


夏になると、あの戦争のことに思いをはせる方も多いのでは。
杭州にもこんなところがあったんだよ、今も残っているんだよ、ということで、ご紹介します。

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2 コメント

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ご紹介を受けて (ごんれい)
2013-06-21 20:54:03
ご紹介いただかなければ永遠に通り過ぎたでしょう。
たまたま今日、定安路の公安局へ手続きに行ったもので、
ご案内の泗水新村の門を見てきました。
将軍路からはまさに二枚目の写真の通り。
自分のカメラを取り出すまでもありませんでした。
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Unknown (はとぽっぽ)
2013-06-24 18:20:59
>ごんれいさま

建物はだいぶ傷んで住む人も少なくなっているので、市内の一等地であることを考えれば数年後には取り壊されてしまうのではと思います。
艮山門のトーチカは、私は数年前にたまたま近くを通りかかって見つけました。

杭州郊外の富陽には、その名も「受降鎮」という、日本軍の降伏式の行われた建物が記念館として残っています。
ネットで調べると、杭州にいた日本軍の写真が結構たくさん出てきて、戦争が決して大昔の話でないことを痛感させられます。
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