はと@杭州便り

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日本と中国、2つの『静夜思』

2012-06-12 15:00:39 | その他
ユキは2歳頃から、李白の『静夜思』を暗唱している。
どうやら相方が買ってきた幼児向けの『唐詩』の本を見て、二姐が教えたらしい。

『静夜思』は日本でも中国でも有名な李白の詩で、
中国では小学校低学年、日本でも小学校高学年~中学校の教科書に必ずと言ってよいほど載っていて、その昔私も漢文書き下し文で覚えた記憶がある。

しかしユキの暗唱しているのを聞くと、何かがヘンだ。
何度聞いても一句目を「chuang qian mingyueguang」と言っている。
私が覚えているのは「牀前 月光を看る(しょうぜん げっこうをみる)」。
「牀」は「床」の古い字なので「chuang」で正しいとしても、
「chuang qian kan yueguang」(牀前看月光)でないとおかしいのではないか??
…と思って、ユキが見ている『唐詩』の本を見て愕然とした。
一句目は「床前明月光」と書いてあるのだ!

まさか、私の記憶違いか!??と思って日本のサイトで調べてみると、
日本の『静夜思』は

牀前看月光  疑是地上霜 牀前月光を看る  疑うらくは是れ地上の霜かと
挙頭望山月  低頭思故郷 頭を挙げて山月を望み  頭を低れて故郷を思う

中国の『静夜思』は

床前明月光  疑是地上霜
挙頭望明月  低頭思故郷

……ちょっと待て。
なんで、日本と中国で詩の文句が違うのだ!????
しかもこんな、日本でも中国でも「超」がつくほど有名な詩に限って、である。
これじゃあ、例えば
中国人と日本人が友好ムードを盛り上げようと宴会などでこの詩を披露でもした日には、双方の語句の違いをめぐって日中友好にヒビでも入りかねないのでは!???

ネットで調べると、3年前、この問題を指摘して新聞に取り上げられた中学生がいた。

李白の詩、日中でなぜ違う/中国出身の中学生が謎解き
http://www.shikoku-np.co.jp/national/life_topic/20090126000020

さらにこんな記事も

中国の三面記事を読む(536) 李白の「静夜思」は日本版が本物
http://henmi42.cocolog-nifty.com/yijianyeye/2009/02/post-8de6.html

実は学者の間では何十年も前から知られていて、
日本では関西大学の森瀬寿三教授による論文「李白「静夜思」と李攀竜『唐詩選』-日中間のわずかな違い」(1995年)が、
中国では中国李白研究会会長、新疆師範大学薛天緯教授による論文「漫説<静夜思>」(『文史知識』1984年第4期)がそれぞれ発表されていたが、世間の注目を集めることはなかった。

薛天緯教授による論文「漫説<静夜思>」を少し翻訳してみると

宋代に編纂された『李太白文集』『楽府詩集』『万首唐人絶句』では「静夜思」の一句目はすべて「床前看月光」、三句目は「挙頭望山月」になっている。
元代に編纂された『分類補注李太白集』、明代に編纂された『唐詩品匯』でも同じである。
これより前に「静夜思」はすでに日本へ伝えられ、日本静嘉堂文庫には宋刊本『李太白文集』12册が収蔵されており、日本人の唐詩への崇拝により「静夜思」の詩句は原文を一字も変えられることはなかった。

しかし中国の状況は違っていた。明代に編纂された『唐人万首絶句』では「静夜思」の第三句は「挙頭望明月」に変えられ、第一句の「床前看月光」はそのままである。
清朝康熙年間に編纂された『唐詩別裁』では、第一句は「床前明月光」に変えられているが、第三句は「挙頭望山月」になっている。
清乾隆28年(1763年)に編纂された『唐詩三百首』では,前述二つの変更点が取り入れられ、現在中国で知られているバージョン「床前明月光,疑是地上霜 挙頭望明月,低頭思故郷」になっているが、これが清代に最も流行したバージョンという訳ではない。
『唐詩三百首』の58年前康熙44年(1705年)に康熙帝によって編纂された『全唐詩』では「静夜思」は宋代の『李太白文集』と全く同じ「床前看月光,疑是地上霜。挙頭望山月,低頭思故郷」になっている。


(出典:「25年前已有中国学者質疑"山月"与"明月"http://news.163.com/09/0205/10/51CPNLHJ00011247.html)

清代に改作…いや改竄されたバージョンがなぜ中国で広まってしまったのか、その理由はよくわからないのだが、一説には「山月」より「明月」の方がより口語的で、庶民に親しみやすかったからという説もある。
しかしこれはやはり国語の教科書に今のバージョンを採用してしまったことが一番問題なのではないか。

2009年の新聞記事は中国でも大きく報道され、日本と中国の『静夜思』の違いから発展してこれまで一般にあまり知られてこなかった中国における古典の改竄や日本における中国文化の継承などについて色々な論議を呼ぶきっかけになったらしい。

現在中国で知られているバージョンでは、
●わずか20字の詩中に「明月」を二度使っていること(五言絶句ではタブーとされている)
●原作の「山月」では荒涼とした辺鄙な地にあって故郷を思う孤独さが際立つのに対し「明月」ではその意が消されてしまっていること
などから明らかに原作の方が優れており、「詩仙」李白の名を辱めるものであると嘆く学者もいるが、今のところ教科書の改訂などは全く考えられていないようである。

ともかくユキが将来大きくなってこの詩を学校で習うようになった時、
これまで暗唱していた中国の「静夜思」は実は後世の改竄であること、そして日本で知られている原作を教えてやりたいと思う。

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3 コメント

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なるほど・・・ (mwn)
2012-06-14 14:39:21
何だかおかしいなと感じてはいましたが、
なるほどそういうことだったんですね。

韻やリズムの点からだけでも
「明月」な2回出てくるのは気持ちわるい(明らかに座りが悪い!)と思っていました!
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愕然 (しおもなか)
2012-06-15 08:31:56
私のように、その違いにろくに気がつかず
こどもと一緒になって暗記の宿題をしそうな親を持つ息子が不憫です。汗。

これは文化に関わるお話だったのですが
日中間の摩擦となっている大きな問題の発端も
こういうことによってより
問題が深刻化していくんですよね・・。

と正直思わざるを得ませんでした。


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Unknown (はとぽっぽ)
2012-06-15 14:55:39
>msnさま

現在中国で唐詩のテキストとして最も普及している『唐詩三百首』(清・蘅塘退士編)はもともと初学者用のテキストとして作られたもので、オリジナルに忠実でない部分(改竄)が他にもあるようです。

中国人の中には改竄をそれほど大したことではないと受けとめている人も多く、オリジナルに忠実であればあるほど価値があると思っている日本人と考え方そのものが違う気がします。このあたりはブランドのコピー商品や海賊版に対する犯罪意識が低い今の中国人の意識にもつながっている気がします。

…しかし、李白先生はきっと草葉の陰で泣いているかも知れません。

>しおもなかさん

私も本当に偶然見つけて驚いています。そして教科書の問題もそうですが、中国人の中にそれを大した問題だと捉えていない人も多いことにも驚いています。

改竄を悪だと思わない(認めない?)人たちに、教科書の修正や内容の変更を望むのは不可能でしょう。

私もとりあえず娘には中国版で暗記してもらって、将来わかる年頃になったら日本版と改竄のことを教えて、日本と中国の文化について考えるきっかけになってほしいと思っています。
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