「夕焼け」の項で、「パランポロンピリンポロン パランポリンピリンポロンみたいなイントロは印象的で、耳に入りやすい曲なのだが、この曲でいったいなにがしたかったのか、さっぱりわからない。でもって、書きようのない曲である。」と書いてしまった。先日、太田裕美オフィシャルサイトの「Special Interview」というコーナー? に松本隆のインタビューが掲示されていることに気がついた。オフィシャルサイトなんてロクに見てないもんだから気がつかなかった.....
いつ頃のインタビューなのかわからないが、話の内容からするとどうも「魂のピリオド」というミニアルバムが発売されたころのもののようだ。このインタビューではなかなかおもしろいことが語られていて、たとえば次のようなことを語っている。
『「夕焼け」の詩を作っていたとき、詩を直せ直せって言われて、直しすぎてわけわかんなくなっちゃったことがあった。しまいにこの詩で何を訴えたいのかもわかんなくなって、これじゃあ、自分が作詩家になった意味がないような気がした。こんなことをやりたいために、はっぴいえんどからずっと生きてきたわけじゃないよなって思って。こんなことじゃ駄目だよなって凄く悩んだ。』
「夕焼け」の歌詞を直すよう指示されて直しているうちに「わけわかんなくなっちゃった」というわけだ。「わけわかんなくなっちゃった」ままリリースしてしまったのか、もう一度わけわかるように直したのか.....その後、どうなったのかインタビューの中では語られていないのでわからない。
が、そんなこんなで「夕焼け」の歌詞はなんかふにゃふにゃしているような気がする。ふにゃふにゃしている大きな原因は、たぶん当初は恋しい心をテーマにしていたのが、2番に入って「真夏が過ぎた 海辺の駅で 別れたの あなたと 結んでた指も離れて 汽車は秋へと 走り出したの」と二人が別れてもう二度と会えないみたいな状況にしてしまい(なってしまい)、テーマが恋心から未練心に変質してしまったせいではなかろうかと勝手に推測する。別れたのではなく、なんらかの事情があって会えないとすれば、かえって恋心があぶりだされて、聴いていて感情が移入しやすかったような気がする。ま、34年も前の曲の歌詞をいまごろとやかく言ってもしょうがないのだが。
このインタビューはそのほかにもシングルとアルバムの関係とか、製作現場のあらっぽさとか、なかなか興味深い話が続いている。
で、インタビューと言えば、「Musicman」という音楽業界の年間誌? を発行しているエフ・ビー・コミュニケーションズ(株)という会社が運営している「Musicman-NET」がある。「音楽業界の総合情報・求人サイト」らしいが、そのサイトの中に「Musicman's RELAY」というインタビューコーナーがあって........説明するのがなんかめんどくさくなった。ようするにある音楽業界サイトのインタビューのコーナーに丸山茂雄が登場している。
丸山茂雄というのはたぶん太田裕美の宣伝を担当していた方で、設立されたばかりのCBSソニーレコードに入り、やがて太田裕美を担当する。インタビューの中で以下のような個所がある。
質問:その頃の印象深いお仕事は何ですか?
丸山:太田裕美ですね。彼女はもともとアイドル志望だったんですが、20才を過ぎちゃって「20才を過ぎてアイドルは無理だろう」ということになって、それでディレクターの白川(隆三)と相談して、ちょうど小坂明子が『あなた』を出したときだったんですが、「あの曲は良すぎる。次から次へあんなにいい曲を書けるわけがない」というすごく乱暴な発想をしまして(笑)、「小坂明子はこの曲の後はしばらく出てこないだろうから、太田裕美をピアノの弾き語りでデビューさせれば、小坂明子の後釜として上手くいくかもしれない」と思ったんですよ。それでこっちは本人が曲を作るんじゃなくて筒美京平・松本隆コンビで、この二人を使っていれば曲を次々と作れる(笑)。それが大成功で、本当に考えたとおりになったんですね。
(「Musicman-NET」の「Musicman's RELAY」第48回)
ヤクザな(笑)音楽業界の人間らしい語り口である。この方は1978年にEPICソニーレコードを設立して佐野元春も担当したようだ。その後もソニー・ミュージックエンタテインメントやらソニー・コンピュータエンタテインメントのお偉いさんになり、現在は「(株)に・よん・なな・みゅーじっく」の代表取締役とのこと。
あ、念のために書き添えておくが、私は「夕焼け」という作品をクサしているわけではない。とくに筒美京平の曲がよく、どちらかといえば好きな曲だ。ただ歌詞がなんというかスパッと切れていないような感じがすると言いたいだけである。
いつ頃のインタビューなのかわからないが、話の内容からするとどうも「魂のピリオド」というミニアルバムが発売されたころのもののようだ。このインタビューではなかなかおもしろいことが語られていて、たとえば次のようなことを語っている。
『「夕焼け」の詩を作っていたとき、詩を直せ直せって言われて、直しすぎてわけわかんなくなっちゃったことがあった。しまいにこの詩で何を訴えたいのかもわかんなくなって、これじゃあ、自分が作詩家になった意味がないような気がした。こんなことをやりたいために、はっぴいえんどからずっと生きてきたわけじゃないよなって思って。こんなことじゃ駄目だよなって凄く悩んだ。』
「夕焼け」の歌詞を直すよう指示されて直しているうちに「わけわかんなくなっちゃった」というわけだ。「わけわかんなくなっちゃった」ままリリースしてしまったのか、もう一度わけわかるように直したのか.....その後、どうなったのかインタビューの中では語られていないのでわからない。
が、そんなこんなで「夕焼け」の歌詞はなんかふにゃふにゃしているような気がする。ふにゃふにゃしている大きな原因は、たぶん当初は恋しい心をテーマにしていたのが、2番に入って「真夏が過ぎた 海辺の駅で 別れたの あなたと 結んでた指も離れて 汽車は秋へと 走り出したの」と二人が別れてもう二度と会えないみたいな状況にしてしまい(なってしまい)、テーマが恋心から未練心に変質してしまったせいではなかろうかと勝手に推測する。別れたのではなく、なんらかの事情があって会えないとすれば、かえって恋心があぶりだされて、聴いていて感情が移入しやすかったような気がする。ま、34年も前の曲の歌詞をいまごろとやかく言ってもしょうがないのだが。
このインタビューはそのほかにもシングルとアルバムの関係とか、製作現場のあらっぽさとか、なかなか興味深い話が続いている。
で、インタビューと言えば、「Musicman」という音楽業界の年間誌? を発行しているエフ・ビー・コミュニケーションズ(株)という会社が運営している「Musicman-NET」がある。「音楽業界の総合情報・求人サイト」らしいが、そのサイトの中に「Musicman's RELAY」というインタビューコーナーがあって........説明するのがなんかめんどくさくなった。ようするにある音楽業界サイトのインタビューのコーナーに丸山茂雄が登場している。
丸山茂雄というのはたぶん太田裕美の宣伝を担当していた方で、設立されたばかりのCBSソニーレコードに入り、やがて太田裕美を担当する。インタビューの中で以下のような個所がある。
質問:その頃の印象深いお仕事は何ですか?
丸山:太田裕美ですね。彼女はもともとアイドル志望だったんですが、20才を過ぎちゃって「20才を過ぎてアイドルは無理だろう」ということになって、それでディレクターの白川(隆三)と相談して、ちょうど小坂明子が『あなた』を出したときだったんですが、「あの曲は良すぎる。次から次へあんなにいい曲を書けるわけがない」というすごく乱暴な発想をしまして(笑)、「小坂明子はこの曲の後はしばらく出てこないだろうから、太田裕美をピアノの弾き語りでデビューさせれば、小坂明子の後釜として上手くいくかもしれない」と思ったんですよ。それでこっちは本人が曲を作るんじゃなくて筒美京平・松本隆コンビで、この二人を使っていれば曲を次々と作れる(笑)。それが大成功で、本当に考えたとおりになったんですね。
(「Musicman-NET」の「Musicman's RELAY」第48回)
ヤクザな(笑)音楽業界の人間らしい語り口である。この方は1978年にEPICソニーレコードを設立して佐野元春も担当したようだ。その後もソニー・ミュージックエンタテインメントやらソニー・コンピュータエンタテインメントのお偉いさんになり、現在は「(株)に・よん・なな・みゅーじっく」の代表取締役とのこと。
あ、念のために書き添えておくが、私は「夕焼け」という作品をクサしているわけではない。とくに筒美京平の曲がよく、どちらかといえば好きな曲だ。ただ歌詞がなんというかスパッと切れていないような感じがすると言いたいだけである。