太田裕美の3枚目のアルバム「心が風邪をひいた日」は、それまでの「まごころ」「短編集」のようにアルバムとしてのコンセプトがかなりはっきりしていたものと比べると、なにがコンセプトなんだかさっぱりわからない不思議なアルバムである。
かなり歌謡曲によったものであることはたしかだが、「心が風邪をひいた」というわかったような、じつはさっぱりよくわからないテーマでくくってアルバムの体裁をとっているが、B面の「銀河急行に乗って」をアレンジした「THE MILKY WAY EXPRESS」をA面にも収録して、かろうじてアルバムらしき雰囲気を出しているだけで、まとまりはない。「心が風邪をひいた」が恋することや恋を失うことを意味するなら、ずっと以前から太田裕美はそんな歌ばかり歌っていて、いまさら掲げるべくもない。
にもかかわらず、このアルバムは非常に不思議な魅力に満ちあふれている。玉石混交とも、渾然一体とも、ごちゃごちゃとも言えるこのアルバムは、「アルバムコンセプトなんて本当に必要なのか?」と考えたくなるようなアルバムだ。
まるでアルバムとしてまったくまとまりがないものと決めつけているようだが、これまた不思議とそんなことはない。全体としては調和がとれていて、それも「かろうじて」ではなく、「しっかりと」それなりにまとまっているので、ややこしい。
そんなややこしい「心が風邪をひいた日」は「木綿のハンカチーフ」で始まり、3曲目にはシングルカットされた「夕焼け」が収録されている。この2つの曲の間で地味だが、存在感がある世界を描いているのが「袋小路」である。
ファンにも人気があるこの「袋小路」は、当時まだ結婚していなかった荒井由美が作曲している。めりはりのきいたリズムで、筒美京平の歌謡曲ノリとはかなり違う。調べてみると、荒井由美は1975年12月に婚約し、1976年11月に結婚しているようなので、ちょうど「心が風邪をひいた日」が発表されたころ、婚約していることになる。
荒井由美作曲ということで、作詞も荒井由美と勘違いされることも多いが、作詞は松本隆で、荒井由美がひっぱりだされたのは松本隆人脈からという説もあって、そうなのかもしれない。荒井由美が作詞しても違和感はない歌詞だが、ただ一か所、登場する男が「君といるのが辛い」という台詞を吐くところがあって、そんなところで松本隆の匂いがしてしまう。
作詞:松本隆 作曲:荒井由美 編曲:林哲司(てつじ)
うす陽のあたる石だたみ道
つきあたりにはあの店がある
ビルの狭間の硝子窓から
アイビー越しにタワーが見えた
ぼんやり座る椅子のきしみが
遠い想い出 呼び醒ますのよ
あなたはレモンひと口噛んで
「君といるのが辛い」と言った
もしどちらかにひとつまみでも
やさしさがあったなら
袋小路をぬけだせたのに
袋小路をぬけだせたのに
「青春時代」へのノスタルジーがテーマになっていて、若かったころ通っていた店に行き、当時つきあっていた彼氏とのことを思い出す女性の心境を歌っている。
歌詞の出だしが見事だ。薄日のあたった石だたみの道をまっすぐ行ったつきあたりに店がある。聴くものも歌い手といっしょに道をたどり、店の扉の前にいざなわれる。続いて店の中のシーンだ。「ビルの狭間の硝子窓から アイビー越しにタワーが見えた」アイビー(つた)がはっているガラス窓ということから、昔はよくあった古い喫茶店の情景が浮かぶ。ジャズ喫茶か。
木製の古い椅子は体を動かすたびにきしむ音がする。その音が青春時代のワンシーンを呼び起こしてしまう。レモンティーのレモンをかじりながら彼は「君といるのが辛い」と言った。あのとき二人が入り込んでしまった袋小路は、もしかしたらほんの少しのやさしさやあたたかさを持てば、抜け出せたのではないだろうか。
主人公の女性がそのとき未婚なのか結婚しているのかはわからないが、いずれにしろ失った青春時代と昔の恋を思っていることから、いまけっして幸福ではないのだろうと思われる。ノスタルジーというより悔いの気持ちというべきだろうか。
「もしどちらかにひとつまみでも やさしさがあったなら 袋小路をぬけだせたのに」と歌うが、もしそんなやさしさがあったとしても、その袋小路は抜け出せなかったのではないだろうか。破綻した恋は、破綻すべくして破綻したのではないだろうか。
松本隆は慶應大学中退という。JR田町駅(都営三田線三田駅)の近くは、2階建てくらいの飲食街が固まっていて、それこそ袋小路のようになっている。慶應大学沿いの桜田通り(国道1号線)に出ると東京タワーの全体が残らず見える。
かなり歌謡曲によったものであることはたしかだが、「心が風邪をひいた」というわかったような、じつはさっぱりよくわからないテーマでくくってアルバムの体裁をとっているが、B面の「銀河急行に乗って」をアレンジした「THE MILKY WAY EXPRESS」をA面にも収録して、かろうじてアルバムらしき雰囲気を出しているだけで、まとまりはない。「心が風邪をひいた」が恋することや恋を失うことを意味するなら、ずっと以前から太田裕美はそんな歌ばかり歌っていて、いまさら掲げるべくもない。
にもかかわらず、このアルバムは非常に不思議な魅力に満ちあふれている。玉石混交とも、渾然一体とも、ごちゃごちゃとも言えるこのアルバムは、「アルバムコンセプトなんて本当に必要なのか?」と考えたくなるようなアルバムだ。
まるでアルバムとしてまったくまとまりがないものと決めつけているようだが、これまた不思議とそんなことはない。全体としては調和がとれていて、それも「かろうじて」ではなく、「しっかりと」それなりにまとまっているので、ややこしい。
そんなややこしい「心が風邪をひいた日」は「木綿のハンカチーフ」で始まり、3曲目にはシングルカットされた「夕焼け」が収録されている。この2つの曲の間で地味だが、存在感がある世界を描いているのが「袋小路」である。
ファンにも人気があるこの「袋小路」は、当時まだ結婚していなかった荒井由美が作曲している。めりはりのきいたリズムで、筒美京平の歌謡曲ノリとはかなり違う。調べてみると、荒井由美は1975年12月に婚約し、1976年11月に結婚しているようなので、ちょうど「心が風邪をひいた日」が発表されたころ、婚約していることになる。
荒井由美作曲ということで、作詞も荒井由美と勘違いされることも多いが、作詞は松本隆で、荒井由美がひっぱりだされたのは松本隆人脈からという説もあって、そうなのかもしれない。荒井由美が作詞しても違和感はない歌詞だが、ただ一か所、登場する男が「君といるのが辛い」という台詞を吐くところがあって、そんなところで松本隆の匂いがしてしまう。
作詞:松本隆 作曲:荒井由美 編曲:林哲司(てつじ)
うす陽のあたる石だたみ道
つきあたりにはあの店がある
ビルの狭間の硝子窓から
アイビー越しにタワーが見えた
ぼんやり座る椅子のきしみが
遠い想い出 呼び醒ますのよ
あなたはレモンひと口噛んで
「君といるのが辛い」と言った
もしどちらかにひとつまみでも
やさしさがあったなら
袋小路をぬけだせたのに
袋小路をぬけだせたのに
「青春時代」へのノスタルジーがテーマになっていて、若かったころ通っていた店に行き、当時つきあっていた彼氏とのことを思い出す女性の心境を歌っている。
歌詞の出だしが見事だ。薄日のあたった石だたみの道をまっすぐ行ったつきあたりに店がある。聴くものも歌い手といっしょに道をたどり、店の扉の前にいざなわれる。続いて店の中のシーンだ。「ビルの狭間の硝子窓から アイビー越しにタワーが見えた」アイビー(つた)がはっているガラス窓ということから、昔はよくあった古い喫茶店の情景が浮かぶ。ジャズ喫茶か。
木製の古い椅子は体を動かすたびにきしむ音がする。その音が青春時代のワンシーンを呼び起こしてしまう。レモンティーのレモンをかじりながら彼は「君といるのが辛い」と言った。あのとき二人が入り込んでしまった袋小路は、もしかしたらほんの少しのやさしさやあたたかさを持てば、抜け出せたのではないだろうか。
主人公の女性がそのとき未婚なのか結婚しているのかはわからないが、いずれにしろ失った青春時代と昔の恋を思っていることから、いまけっして幸福ではないのだろうと思われる。ノスタルジーというより悔いの気持ちというべきだろうか。
「もしどちらかにひとつまみでも やさしさがあったなら 袋小路をぬけだせたのに」と歌うが、もしそんなやさしさがあったとしても、その袋小路は抜け出せなかったのではないだろうか。破綻した恋は、破綻すべくして破綻したのではないだろうか。
松本隆は慶應大学中退という。JR田町駅(都営三田線三田駅)の近くは、2階建てくらいの飲食街が固まっていて、それこそ袋小路のようになっている。慶應大学沿いの桜田通り(国道1号線)に出ると東京タワーの全体が残らず見える。
何かをきっかけにあのころ友情に亀裂が走り、袋小路に入り込んでしまったという解釈も成立するはずです。