さーちゃんの弟妹、こっちだよ♪

不妊治療で04年11月に長女“さーちゃん”が誕生。06年2人目も不妊治療で授かるが流産。今年ようやく治療で妊娠しました。

女性の体って、すごいなぁ

2006-04-24 13:48:48 | Weblog

流産して手術をしてから、体にこんな変化が現れました。
驚きました。
それは、母乳。
と、言っても、元々、母乳の出が悪い方なので、大量に出ている訳じゃありませんけど。

変な話ですが、入浴中、体を洗っている時に乳首を念入りに洗いました。
その時、軽くおっぱいマッサージをして、乳首をつまんだら、濁った色の母乳と、真っ白な母乳が出てくるではないですか!(ちなみに、1日だけではなく、ここ何日か出てます)

さーちゃんの母乳を止めたのが、ちょうど1年前の4月はじめ。さーちゃんが4ヶ月の時。その頃、既に出が悪くなって、さーちゃんはいつも母乳の時に怒ってました。ところが、私が病気になって薬を飲まなくてはならなくなった為、それを機に止めたんですね・・・。
妊娠する前(今年初め)は、母乳は枯れ果て、つまんでもほとんど出ませんでした。
だけど、今は・・・少しだけど出る。
私は、妊娠週で数えると、12w1d(4ヶ月)で堕胎手術をしました。
そんな短い期間だったのに、お腹に赤ちゃんがいない=出産?と認識したのか?体は母乳を作ろうとするんですね・・・。

女性の体って、凄いと思いませんか?


術後1週間検診

2006-04-21 20:41:13 | Weblog

今日は、術後1週間検診でした。

今まで通りの時間に起きて、化粧をして、洗濯して・・・。
そして今までと違うのが、おにぎりが握れた事。このおにぎりは、病院に着いてからさーちゃんが食べる朝食です。
流産する前までは、朝の不調と軽いツワリで、おにぎりを握る事はとてもじゃないけど、出来ませんでした。
でも、今の私の体は違います。なんなく握れました。

病院に着いてから、いつも通りにさーちゃんの牛乳を買いに自動販売機へ。
そこで、ず~~っとご無沙汰していた、私が最も信頼している看護師さん(不妊カウンセラー)Sさんにばったり遭遇。
私は、開口一番「今回ダメでした・・・」と告げたところ、既に承知していて「ね、残念だったね」と言われびっくり。何故だか、Sさん、妊娠した時も、知っていたんだよね。
そして「もう、ショックでした・・・」と言った私に、「コレばかりは仕方ないよ。○○さんが悪い訳じゃないよ。この段階での流産は、大抵赤ちゃん側に原因があるんだから」と励まされました。
凍結胚が2個残っている事も承知していて、「まだ、2個残っているんだから、がんばろう」と言われ、その他、雑談を交わして、お別れしました。

なんだかとても心強くなり、「がんばるぞー」という気が更に高まりました。

さーちゃんを託児所に預けて、ロビーで待っていると、すぐに呼ばれ診察室へ。
内診台に上がり超音波検査をしました。
画面に私の子宮内部の超音波画像が映り、そこには、今まで映っていた胎児ではなく、術後の痕らしき陰がみえました。
ちょっと悲しくなりました。
その後、隣の部屋に移り、今後について説明を受けました。
院長曰く、5月10日頃~中旬に、生理になる予定なので、この生理を見送り、次の生理=6月の生理3日目に来てください・・・と言われ、この時に血液検査をして、数値が正常値に戻っているかの確認をし、問題なければ凍結胚を移植しましょうと言われました。
意外に早い再挑戦(移植)に驚きつつも、今回は・・今後は、院長に全てをお任せするつもりでいるので、それまでに私も体調を整えて、がんばりたいと思います。

あと、肝心なことを聞くのを忘れ、ありゃりゃ・・でした。
と言っても、大した事ではないのですが、私と院長の問診の時に、院長の長男(この病院で医師をしてます。後の後継者?)が、「ちょっとすいません」と言って、別の患者さんのカルテを持って相談に来ました。B型の私は、こういう人間関係に物凄く興味を感じ(笑)、じ~っと耳をダンボにし見入ってました。長男は、病院内で院長に対しどんな言葉遣いなんだろう?と思っていたら、普通に親子の会話みたいな口調でした。しかも、院長に不手際があったらしく、長男は「こういう事は、ちゃんとカルテにかいてよ(怒)」と言って怒っていましたね。その時の院長は「あ~、」みたいな小声で、息子にやられた感じが見てとれました。
私にとっては興味津々でとても面白くて、そんな事があったので肝心なことを聞き忘れたんですね。

話は戻りますが、移植は、もっと先の事だと思っていました。7・8・9月くらいかな~と。
6月と言うのも、私の体が順調に回復していれば・・の話ですが、一先ず、ここまでは全力を尽くして取り掛かって、駄目だった時は、その時考える事にします。

友人達に励まされ癒され、S看護師さんにファイトをもらい、今のみーやんは1週間前のみーやんとは全くの別人となりました。
でも、決して、流産した事を忘れた訳じゃありません。これを糧に再び体調管理をしてがんばりたいと思います。


手術を終え・・・

2006-04-18 12:17:57 | Weblog

ご心配お掛けしましたが、先週の金曜日(14日)に無事手術(日帰り)を終えました。

手術当日、手術台の上で全ての段取り・準備を終え、院長待ちだった時に、『○○さん、お腹の赤ちゃんの心臓動いてますよ』なんて言われて、『手術中止!』になったりして♪などと、夢見たいな事を考えていたのですが、「お待たせしました○○さん。今から始めますね・・・」との院長の声で我に戻り、手術が始りました。
看護師さんに「今から麻酔が入りますから、右向いてて下さい」と指示され、右を向いて心の中で3まで数えて、全身の力が抜け落ち、意識がなくなりました。
それからどのくらい経ったのでしょう?多分、20分以内だと思います。
「○○さん、終わりましたよ!大丈夫ですか?」の問いに、意識朦朧「お腹が痛いです」と答えた私。
それから車椅子に移り、休養室のベッドへ移され、再び眠りにつきました。

その後の私は、あまりの気持ち悪さ・吐き気・頭痛で、何も考える余裕すらありませんでした。
退院診察後も、自宅でも、体調は最悪のまま、私は布団の中に埋もれた状態でした。

その日のさーちゃんは、特に術後から、私に一切近寄らなくなりました。中ちゃんにべったりです。布団の中で、別の幼なじみの友人から届いたメールに気付き、それを読んで大泣きしたのですが、その私の姿を見て、さーちゃんなりに私の異変に気付いたのか?ただの単なるお父さんっ子だったのか?は、今でも謎です。前者だったら嬉しいんだけど・・・。

手術当日は、体調不良で悲しさに浸る余裕すらなく、ただただ唸って寝ていました。
翌日からの土日は、のんびり自宅で静養しました。普段通りの家事をこなし、さーちゃんのお世話もいつも通りでした。
これまた、さーちゃんのおかげ?なのかは分かりませんが、日中は深い悲しみに陥ることはありませんでした。とは言っても、泣き虫の私は、夜、お布団に入ってから、寝入るまでの間に、今までの事を思い出してしまい、パジャマの袖を濡らしました。

妊娠が発覚してから、手術を受ける直前まで(胎児の死が判明しても)、冷蔵庫の臭いが嫌で、毎回息を止めてました。炊き立ての白米が嫌で、少量しか食べれませんでした。納豆がダメで、拒否してました。その他諸々あります。
が、今は、普通に冷蔵庫の開閉が出来るし、炊き立ての白米もお茶碗一杯分ぺろりと平らげるし、納豆も食べられるようになりました。
そして、毎朝の不調も消え去りました・・・。
こんな当たり前の事で、『わたしのお腹にはもう赤ちゃんがいないんだ・・』と言う事を認識させられました。
こんな当たり前の事で、悲しくなりました。


退院診察時に、次回は1週間後に来てくださいと言われ、21日(金)に行ってきます。そして、その時に今後について話し合うことになっています。
胎児の死が判明した直後は、凍結胚の移植も一瞬悩みましたが、今は、とりあえずチャレンジしたいと思っています。時期については、私の体調を考慮した上で、院長にお任せしたいと思います。
手術したばかりなので、あまり先の事を考えたくないのですが、この凍結胚の移植がダメだった場合、また1からIVFにチャレンジするか?については、今の段階では全く考えられません。

手術してから、気持ちの整理がつかず、ブログ更新が出来ませんでした。
これでやっと前進したかな?
未だ、真っ赤な出血も続き、時折、下腹部も痛みます。
だけど、みーやんは、前向きに行こうと思います。
本当にご心配お掛けしました。


サクラ、チル・・・

2006-04-12 11:21:47 | 妊娠・3ヶ月

ここ関東地方の桜は満開の時期を過ぎ、すでに花びらが地面に散り始め、雪化粧したかのような雰囲気で、これまた違った意味の美しさです。

携帯メールでやり取りしている、親しい友人達には連絡しましたが・・・。

昨日は、2日早いけど4ヶ月検診でした。
先日取りに行った母子手帳を受付に出し、分娩予約金の一部を支払い手続きを済ませ、検診前に妊婦自身が行なう『採尿・血圧・体重測定・体脂肪測定』を全て終了させ、看護師による問診(血液採取)を受けて、さーちゃんを託児所に預けて、後は私の診察待ち状態でした。

名前を呼ばれて診察室に入ったのですが、お腹の赤ちゃんがまだ小さいと言う事もあって、お腹の上からのエコーではなく、「今日は下から診察しますね」と言われ、内診台に上がりました。
ところが、いつもの院長ではなく、違う先生だったんです。『私は院長診で予約していたはずなのに・・』と、ぼやきながら、『ま、赤ちゃんの成長が確認できればいいや』と思いなおし、モニターを見ていました。

先生が「赤ちゃん、縮こまってるね~。このサイズだと、やや小さめだけど、伸びれば通常通りの大きさになると思いますよ・・・」と。そして「心臓を見てみましょうね・・・」と言い、いろんな角度から探すのですが、なかなか動いてる様子が見て取れないのです。
すると先生が「○○君(先生)その辺にいる?」
看護師「今日は△△で、すでに出ていません」
先生「他の先生は?婦人科にいない?」
看護師、内線電話で確認後「今日は☆☆先生しかいないので、席を外せないそうです」
先生「じゃ、院長は?」

ちょっと尋常じゃない雰囲気に変わり、私の血圧も最高潮に上がっていた時に、看護師さんが院長を呼んで、その先生の変わりに私の事を診てくれました。

カーテン越しに院長が「・・・う~ん、○○さん、赤ちゃんの心臓止まってますね。」
私、不安的中で「あ、そうですか・・・」
院長「隣でお話しますね」

こんなやりとりがあり、隣の部屋に移りました。
この時、正直言って、何が何だか分からない状態で、涙も出ませんでした。
そして、私は昔から不安になると、全く関係ない事を考え出し『確か、凍結した受精卵が2個ある!でも、今日までの大変だった注射の日々を考えると、さーちゃん一人っ子でもいいかな?』と、死んじゃったお腹の赤ちゃんに対して、とても失礼な事ばかり頭に思い描いてました。

院長から、この胎児の大きさから言って、心臓が止まってから、すでに1~2週間経ってると言われました。その他、色々説明を受け、染色体異常なのか?その他の原因か分からないので堕胎した胎児を調べてもらう事になりました。
堕胎手術は今週金曜日14日に決まり、看護師さんから関係書類をもらい(手術承諾書その他)説明を受け、部屋をあとにしました。
(書類の病名の欄には、院長の字で「妊娠11週稽留流産」と記載されてました)
こんな日に限って、ロビーには小さな赤ちゃんが沢山いました。目にしちゃうと、半ば諦めかけた2人目が、無性に欲しくてたまらなくなりました。
その足でさーちゃんを託児所に引き取りに行き、彼女の無邪気な笑顔を見たら、一瞬こみ上げてくるものがあったのですが、不思議とおさまりましたね。
だって、さーちゃんの前で大泣きしたら、さーちゃんに対して・・さーちゃんと言う大事な娘が目の前にいるのに、その存在を無視しているかのようで、泣けませんでした。
悲しいのですが、さーちゃんを見てると、その悲しさがやわらぎます。

再びロビーに戻り、名前を呼ばれ会計へ行くと、受付の女性に「今日、手続きしていただいたのに残念でした。預かり金、今日返金しますか?次回にしますか?」と聞かれ、次回は堕胎手術の事もあったので、そのまま預けたままにして、金曜日に差額返金してもらう事にしました。
精算を済ませ、駐車場へ行き、車の中で中ちゃんに電話をしました。
この時、初めて大泣きしました。
中ちゃんから「運転が困難になったら、どこでもいいから車を止めて電車で帰れ」と言われましたが、「さーちゃんが横にいるんだよ。大丈夫だよ」と言って電話を切りました。
帰宅直後、中ちゃんからのメールで「無事帰宅したらメールしてくれ」と書いてあったので「今、到着ホヤホヤで二人ともまだ立った状態だよ」と返信したら、安心したようでした。

さーちゃんと昼食後、親しい友人達に携帯で流産した事を連絡しました。
幼なじみの親友が、すぐ自宅に電話をしてくれました。
「大丈夫?」と言われただけで、泣けちゃいました。
後にも先にも、今のところ泣いたのは、中ちゃんと親友からの電話だけです。

夕方、1番躊躇った母へ、メールで連絡しました。
案の定、母から返信はありません。妹にメールしたところ、予想とおり、母から妹へ流産のメールをしていて、一応知っている様子でした。
この日、中ちゃんの職場の上司が気遣って早退させてくれ、中ちゃんは既に帰宅してました。中ちゃんから「お母さんに直接電話してあげなよ」と言われ、夜電話しました。
「メール見た?」の問いに「ショックで返事が出来なかった」と半泣き声?だったので、こっちが泣きそうになりましたが堪えました。父もショックを受けていたようです。

未だに半信半疑状態でいます。
現実を認めようとすると悲しさも増すのですが、前にも述べたとおり、さーちゃんが目の前にいてくれることが、唯一の救いです。
一応、凍結胚(受精卵)が2個残っているので、再びチャレンジしたいのですが、大変だった連日注射の日々を思い出すと、考えちゃいますね・・・。

1月20日ごろから採卵の為の注射の日々から始まり、無事採卵にこぎつけ、移植をし、妊娠反応が出て、それからも妊娠継続の為、痛い注射の日々でここまできたのですが、私は2人目を甘くみていたのでしょうか?やはり年齢がネックなんでしょうか?
今後、もしも万が一、妊娠反応が出たとしても、喜んではいられないし、例え安定期までこぎつけたとしても、知人で21週で早産?死産?した人がいるので安心できません。お腹の赤ちゃんを無事生んで産声を聞くまでは、心から喜べないという事を、今回改めて再認識させられました。
はぁ~、だけど、こんな残念な結果になり、やはり、悲しいし自分を責めてしまいます。

次回の手術日か、その後の経過診察の日にかに、院長に凍結胚の事を相談したいと思います。あくまで相談で、当分はのんびりしたいと思います。

今まで励ましてくださった皆様方のご期待に応えることが出来ず、とても残念です。
そして、いつも温かい言葉をありがとうございました。

あ、最後に。
14日の堕胎手術(日帰り予定)は、中ちゃんが有休を取ってくれたので、安心しました。さーちゃんがいますからね。

このブログは、今後は更に不定期更新となりますが、なにかあった時はアップします。


母子手帳

2006-04-03 13:52:13 | 妊娠・3ヶ月

先日、検診の際に言われた『母子手帳』を、今日取りに行ってきました。

今日の天気は、強風ですが、晴れてて気持ちがいいので、歩いて行って来ました。あ、もちろん、さーちゃんも一緒なので、ベビーカー持参です!

申請書に記入して提出し、名前を呼ばれて受け取ったら、約2年前のさーちゃんの時と、デザインが変わってました。・・といっても、『いわさきちひろ』でしたが!

初めて母子手帳を手にした時より、若干感動は薄れてましたが、でも、やはり嬉しいし感動しました。

今、お腹にいる子は、男の子かな?女の子かな?なんてワクワクしながら、母子手帳をペラペラめくってました。
ま、性別はどちらでもいいのですが、今回のツワリが軽かったので、ひょっとしたら1人目の時と同じ同姓かな???って思ってます。

以前のブログにも書きましたが、これからは、体重等を記入しなくてはならないので、きちんと体調管理をしなくてはならないですね・・・。

相変らず、パン大好きっ子のみーやんです。