つぶやき①

みなさん、
2年間応援をありがとうございました。

私にできること

2006年03月31日 | 思いのままに(~2004年)
   

  


          

おはようございます。今日は3月31日
    「がんばった自分にご褒美をあげる金曜日」です。


 うたた寝さんご紹介の 朝一番やる気がふくらむ言葉

    抜粋しました。いかがでしょうか。
  
         


     ~幸せになりたい!と思う方へ~
 
    幸せな人生には2種類のメガネが必要です
    ひとつは
    人生の目標を眺めるための遠メガネ
    もうひとつは
    日々の小さな喜びを見落さないための虫メガネ




 うたた寝さんにもうひとつ中山庸子さんの言葉を教えてもらいました。


    自分が幸せになることと、
    人を幸せにすることは、
    リバーシブルのジャケットのようなもの。
    どちらを表にして着ても、
    とってもすてきに見えるのです。




    


 カテゴリ:思いのままに(~2004年)


       「私にできること」

       せんせい せんせい
       私にはあなたのように
       人のいのちを
       救ってあげることはできない

    
       だけど かなしみを
       やわらげてあげることはできる
       すこしでも ほんのひと時でも
       おもいにもつ
       代わりにもってあげたい

 
        

私は生存確率も僅か、たとえ命が助かっても「廃人」か
「植物人間」と言われていました。
そんな私の命を救ってくれたのは、若い情熱溢れる先生でした。

「泣こうが喚こうが心を鬼にした治療をする」と私と家族、
看護婦さんに宣言されました。
それは看護婦さんにも徹底されており、ベッドを下げて欲しいと
頼んでも、聞き入れてもらえませんでした。

筋肉をなくした身体にはベッドが15度上がっているだけでも苦痛。
まして眠っていた2ヶ月の間にできた、お尻の床ずれはえぐれており
なおさら辛いのでした。
泣こうとして涙が出るのではなく、あまりのえらさに看護婦さんに
ベッドを平らにして欲しいと、人工呼吸器が入っているにもかかわらず
うったえても、「ごめんね。先生から言われているからできない」と。


その徹底した治療のおかげで、現在の私があります。
ですから、誰かの荷物を少しでも持たせていただきたい・・・
それが、今の私にできる精一杯の仕事なんです。(2005年9月再掲)




 tamikoさんのお薦め映画 

   雪に願うこと 私は耳が聴こえないので残念ですが、みなさん観てください。

   「雪に願うこと」HP  生活ほっとモーニング(4/7)

   ごめんなさい、「雪に願えば」と間違えていました。(4/7)


 私から「がんばっている」みなさんにプレゼントです。妖精の森美術館

    左側の「展示室」をクリック、「常設展示室」で絵を順路に沿って見ていってください。
    絵の上でクリックすれば、拡大されます。


 
            

      「自分みがきを余裕で楽しむ土曜日
 
      「ずっとやりたかったことをする日曜日


   たのしい週末をお過ごしくださいね。







 






    
                          
    



   


「心の持ち方」

2005年11月07日 | 思いのままに(~2004年)



こころの持ちかた ひとつで
しあわせ・ふしあわせがきまる
そうであれば
しあわせと思える 生き方を選びたい
そのためには
懸命な努力を惜しまない
生かされていることこそ
感謝すべき しあわせなのだから   



     



画面にマウスを持っていくともう一つのカードに変わります。
このカードは、9月末でブログ閉鎖されたmameさんの手作りです。
こんな高等なテクニックは私は持っておらず、陰の応援者さまから
頂戴しました。ありがとうございました。





この詩は2002年2月のもの。
確かお礼状に添えて、病院から送ったものです。

ご好意ある方からコピーをいただき、当時の様子が
浮かんできました。
その頃、それから2ヵ月後に退院できるとは
夢にも思っておりませんでしたが、入院期間も2年を超え、
自分の状態を、ありのまま受け入れることができるように
なっていました。

歳月とは、「心を癒す漢方薬」のようなもので、
ありがたい良薬でもありました。

こうやって、過去を振り返ると、ひとつも意味のないことなどない、
自分の人生にとって必要な「修行」であったと気づきました。感謝。




「つよさのうら側」

2005年11月03日 | 思いのままに(~2004年)

人間の
つよさのうら側に
やさしさがあることを知りました

つよさとは
しんぼうづよく がまんづよく
自分に負けないことです

自分のよわさを
トコトン知れば
誰でも
つよくなりたいと願うのです





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パソコンのハードディスクが壊れたという手紙を出しましたら、
文字が書けるようになった私が病室から、妹の宛名書きで
お送りした詩など、たくさんのコピーを送ってくださいました。

最初の頃のもので、まだ整理していないものもあり、
2001年11月25日の日付けには、大粒の涙がこぼれました。

その日は、私の46歳の誕生日。初めて外出許可をもらい家へ帰りました。
お腹には胆汁用の管が入ったままです。開腹せずに胆石を管から
取り除けるよう、退院間際まで管が入っていました。

その時に書いた詩、「つよさのうら側」・・・ひらがなに漢字が
混じっていますが、原文のまま掲載します。

Hanaさん、送っていただき本当にありがとうございました。
たくさんのコピー、大変でしたでしょう。
手元に戻るなど想像もしておらず、お礼の言葉もありません。









「人生のオマケ」

2005年10月19日 | 思いのままに(~2004年)


うんがわるければ
二年まえ人生にピリオドを
うっていた
そう考えると今の私は
おかしのオマケの
ようなものかも知れない

しかし
私はこれからの人生を
ただのオマケで終わらせはしない

そのむかし
オマケを手に入れるために
チョコがバカ売れだったように



お若い方は、ご存じないかも知れませんね。
そうですね。今から20年近く経つでしょうか。
当時テレビで「ビックリマン」が流行っていて
「ビックリマンチョコ」と言うウエハスのチョコが
50円で売り出され、それに入っているシールを
集める子どもたちの大ブームがあり、
シール欲しさにこれを買うという現象がありました。



※ 2001年入院中の詩です。
  来月、奇跡的に命が助かり丸6年になります。



ちょうど、ヤフーで特集記事が載っていました。

新ビックリマン 2000年からもチョコあったんですね。

どんなシールだったかは、シールギャラリーでご覧ください。




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覚書  

2005. 5.23
2005.10.18




涙は無理に止めなくていいんだよ

2005年10月05日 | 思いのままに(~2004年)


   




     泣いてばかりいても
     どうしようもないことは
     百も承知している

     だがあふれる涙を
     むりに止める必要はない

     かなしみの涙は
     心の中でうるおって
     生きていく活力と
     やさしい気持ちに
     かわっていくのだから 





     ※一番上の言葉カードは9月末で     
       ブログを閉鎖されたmameさんの手作りです。



    



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覚書 

2005.5.24
2005.10.5




過去にさようなら

2005年09月29日 | 思いのままに(~2004年)
 



「さようなら」

むかしの自分に 

はっきりとわかれをつげた

わかれのことばは

いつもどことなく

さみしくて悲しい

けれども今のさよならは

これから生きていくための

きぼうのことば   




過去の記事 ご挨拶  私の体験





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覚書 

2005.5.21
2005.9.29




「わたしにできること」

2005年09月28日 | 思いのままに(~2004年)
   
      
     

       せんせい せんせい
       私にはあなたのように
       人のいのちを
       救ってあげることはできない

    
       だけど かなしみを
       やわらげてあげることはできる
       すこしでも ほんのひと時でも
       おもいにもつ
       代わりにもってあげたい

 
        

私は生存確率も僅か、たとえ命が助かっても「廃人」か
「植物人間」と言われていました。
そんな私の命を救ってくれたのは、若い情熱溢れる先生でした。

「泣こうが喚こうが心を鬼にした治療をする」と私と家族、
看護婦さんに宣言されました。
それは看護婦さんにも徹底されており、ベッドを下げて欲しいと
頼んでも、聞き入れてもらえませんでした。

筋肉をなくした身体にはベッドが15度上がっているだけでも苦痛。
まして眠っていた2ヶ月の間にできた、お尻の床ずれはえぐれており
なおさら辛いのでした。
泣こうとして涙が出るのではなく、あまりのえらさに看護婦さんに
ベッドを平らにして欲しいと、人工呼吸器が入っているにもかかわらず
うったえても、「ごめんね。先生から言われているからできない」と。


その徹底した治療のおかげで、現在の私があります。
ですから、誰かの荷物を少しでも持たせていただきたい・・・
それが、今の私にできる精一杯の仕事なんです。



「深く大きな愛・・・それは」

2005年09月17日 | 思いのままに(~2004年)
    


       はげましのことば
       げんきがでることば
       ゆうきを与えてくれることば

       そこには
       ぬくもりがあり愛がある
       ふかく大きな愛がある  




   がんばっている人に
   「がんばって」の言葉は言えません。
   だから、「がんばって」の気持ちを込めて、
   「楽しくやろうね」と声をかけたい。
   

  


私がここまで元気になれましたのも、たくさんの「愛」のおかげです。
家族・両親・姉妹・お医者さま・リハビリの先生・看護師さん・恩師・
友人・先輩・後輩・・・・たくさんの人から無償の愛をいただきました。 

昨日の「この行方不明の中学生を探してください」の呼びかけに、
快く記事にしていただいたり、北海道方面の方へ連絡を取って
くださったり、早く見つかるようにと祈ってくださったり、
本当にありがたかったです。

私は初対面の人でも、北海道の方と思えば、
記事を見てくださるようにコメントを残しました。
どこの馬の骨ともわからない・・・信頼関係が築かれないまま、
突っ走ってしまっている自分を、少し反省もしました。

「信念を持ってやったことなら、他人の批判に落ち込むな」
と、リハビリの先生から教えてもらってから、少し自信がもてました。
が・・・正直言って、昨日は落ち込み始めたんです。
しかし、初対面でお邪魔させていただいたブログに
「わかりました。探してみましょう。早く見つかるといいですね」
とのご返事を見つけ、涙が出てきました。

そのとき思ったんです。あったかい言葉だなって・・・。
ブログは顔も見えないし、言葉のイントネーションもわかりません。
気持ちを文章だけで伝えるのは非常に難しいですね。
悪意は全然ないのに、不快な思いをさせてしまうことほど
悲しいことはありません。
信頼関係・・・とても大事ですね。
今後も心を込めて、自分の思いを伝えていきたいです。
どうぞ、宜しくお願いします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。






みんなあなたの味方

2005年09月16日 | 思いのままに(~2004年)
  
     
  あなたの出来ることを
  精いっぱい やればいい
  出来ないことは 助けてもらおう

  昨日より今日 今日より明日
  そうやって頑張ってきたんじゃないの
  体験があなたに知恵を
  さずけてくれる

  みんなあなたの味方なんだから





  

私も周りの人に助けてもらい、ここまで来れました。
がんばっているみなさんを応援します。
「大丈夫。だから安心して進んでください」の言葉を贈ります。





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覚 書  

2005.5.19
2005.9.16



「なみだ」

2005年09月14日 | 思いのままに(~2004年)
  
  

         あの頃 
         私の心の中には
         後悔の二文字しかなく
         泣いてばかりいた


         今では 
         生きていることを
         実感するだけで
         感謝の思いで
         泣けて泣けて 
         涙がとまらない  


どれだけ泣けば、涙が涸れるのか・・・
どれだけ我慢すれば、強くなれるのか・・・
どれだけ強くなれば、笑えるのか・・・


そんなことばかり考えていました。
絶望の絶頂だったときのことです。



若い看護婦さんが言いました。

「泣きたいだけ泣いていいけれど、
     あとに尾を引く泣き方はダメだよ」



年上の看護婦さんが言いました。

「あんまり泣かないで。
       明日の朝は来るんだから」





どちらも心に響く言葉で、今も忘れることが出来ません。

 ※ 当時は看護婦さん。今は、男女とも「看護師」と呼びます。