私のための手抜き日記

早いもので、二人揃って今年高学年です。

それでもやっぱり・・・

2010-01-28 | ●独り言
無事、祖父の葬儀が終了しました。


亡くなったのが20日16時。

葬儀は、通夜24日、告別式25日で行われました。


葬儀もあまり大げさにはせず、葬祭場でとなりました。

うちの豆粒達も参列しましたが、やはり、ユウの方は
我慢が出来ず、うろちょろしていたので旦那に連れ出して
もらいました。

トモは、至って大人しく、おじちゃん(私の弟)の隣で
静かに座っていました。え?(笑)

この前からそうですが、トモはこのおじちゃんがとっても
好きになったみたいで、今回の葬儀の間も、ずっとおじちゃんに
べったりくっついていました。

いや、私は楽なんだけれどもね(苦笑)

通夜の番、私たち兄弟(夫婦)は泊まり込んで線香番を
することになりました。
なので、子供達は旦那と自宅へ帰ることに。

しかし・・・。

ユウが、いつもと違う雰囲気に圧倒されたのか、帰る間も
ずっと泣きやまず、夜中にもずっと泣いていたそうです。

ごめんよ。。。

25日は、朝に葬祭場に来てからずっと、私にべったりでした。

そりゃそうだ。

相変わらず、葬儀の間は大人しくして居られませんでしたが。






そして。



滞りなく葬儀が終了し、最後のお別れの時間が来ました。




享年82歳。

若い頃には酒・タバコを浴びるほど飲み、随分と好き勝手
していたそうです。
しかし、一緒に旅行もたくさん行ったし、思い出もたくさん
あります。

亡くなった後ではあるけれども、天国への道しるべとなって
もらえるようにと、姉弟みんなで千羽鶴を折りました。

その、たくさんの思い出(写真)と、千羽鶴を胸に、
おじいちゃんは旅立っていきました。


年末に入院した際に、おばあちゃんが、何を思ったのか突然

  「もう、若い頃いろいろやってきたし、もう、いいよね」

と聞いたそうです。
それを受けて、おじいちゃんは、

  「うん。」

と、小さく、答えたそうです。

すでに痴呆が進行していたので、何を答えたのか、もしかしたら
判っていなかったのかも知れません。
だけど、自分自身の体のことを、うすうす感じていたのかもしれません。
楽しかった人生を思い出し、満足して居たのかも知れません。





とっても、穏やかな顔をしていました。





私も、おじいちゃんの人生が、本人にとって、最高のもの
だったのだと思っています。

でも、それでもやっぱり、

  『永遠のお別れ』

の言葉を聞くと、涙が止まりませんでした。









おじいちゃん。

ゆっくり、おやすみなさい。