アラブのことわざに言う。「エジプト人が本を書き、レバノン人が出版し、イラク人が読む」。国境を越えた文化の広がりと各国の国民性を言い表している。
イラク人の知識欲は旺盛だ。旧フセイン政権時代の経済制裁下もバグダッドの通りに並ぶ露店の本屋街には客足が絶えず、イラク戦争後は新聞社やテレビ局が相次いで産声を上げた。
最近、取材を手伝ってくれたイラク人のヤシン・イスマイルさん(40)から便りが届いた。国連事務所の通訳をする傍ら国家再建の思いをつづった文章を地元紙に投稿する日々だという。
来年はイラクにとって独り立ちの時だ。1月には民主主義の定着を占う地方選がある。7月までに駐留英軍が引き揚げ、オバマ新政権下で米軍も撤退準備を本格化させる。
戦争と占領は反米感情を育てた。ブッシュ米大統領に靴を投げつけたイラク人記者をたたえるデモがアラブ諸国で続く。「米国をたたきのめした」と。
だが、ヤシンさんは「客人をもてなすイラクの伝統を踏みにじった。記者の武器は靴でなく、ペンのはずだ」と憤る。
「イラク政府は宗派・民族抗争を抑え込めるほど強くない。このまま米軍がいなくなれば、近隣諸国の脅威にさらされる」。憂国の弁が続いた。
今、米国留学を目指している。ジャーナリズムを学ぶためだ。「普通の米国人に会い、開かれた米社会を学び、イラクを地域のモデル国家にしたい」
欧州に暮らす兄が喜んで戻ってくるような安全で自由な国にするのが夢だ。道は険しい。だが、来年がイラクの人々にとって、晴れやかな門出の年になることを切に願う。(ブリュッセル支局)
毎日新聞 2008年12月29日 東京朝刊
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