わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

手書きのぬくもり=福島良典

2009-02-26 | Weblog




 インターネットや電子メールが全盛のいま、手書き文字をつづるペンの人気が高まっている。コンピューター社会のストレスで、癒やしを求める人々が増えているのだろう。万年筆の売り上げは右肩上がりだ。

 私自身、人々の肉声をうまくノートに書き留められるような気がして、万年筆を愛用している。取材先でも同好の士を見かけ、ひそかに連帯感を覚えることが多くなった。

 ペンは時代を映し出す歴史の証人でもある。1963年、ケネディ米大統領は西独ケルン訪問で万年筆を忘れたアデナウアー首相に「私のペンを」とモンブランを差し出した。冷戦下、西欧の保護者としての米国の気配りを感じさせる一幕だった。

 90年代前半の米露核軍縮合意の際、使用されたパーカーは「平和のペン」の名を得た。昨年の北海道洞爺湖サミットでは、各国首脳にセーラー万年筆と磁器メーカー・香蘭社の「有田焼万年筆」が贈られ、日本文化発信の担い手となった。

 オバマ米大統領が先月20日の就任にあたり、関連文書のサインに使ったのは米ロードアイランド州に本社を置く老舗筆記具メーカー・クロスのローラーボール(水性ボールペン)だ。

 歴代の米大統領には、米国を代表する万年筆のシェーファーやパーカーなどの愛用者が多かった。あえてこれまでと違うクロスを選んだのは、オバマチームの新機軸路線かもしれない。

 さて、オバマ大統領は新しいペンでどんな世界の青写真を描くのだろうか。お気に入りの携帯通信端末は引き続き使用しているというが、政策には、電子メールの無機質さでなく、手書き文字のぬくもりがほしい。(ブリュッセル支局)




毎日新聞 2009年2月16日 東京朝刊


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