わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

もう一つのCHANGE=福本容子

2008-12-02 | Weblog

 その夜、ロンドンに雪が舞った。10月に降るのは74年ぶりという。「祝いの雪だ」--。抱き合って大はしゃぎする彼らの思いは、遠い遠い南洋の母国、モルディブに向かっていた。

 2008年10月28日。初めて民主的に行われた大統領選挙で野党党首が勝ち、30年に及ぶ独裁が終わったのだ。速報を聞き在外投票所から飛び出してきたはじける笑顔が、ネット新聞「ディベヒ・オブザーバー」に満載されている。国内の厳しい言論弾圧を逃れ、イギリスから民主化運動を支えてきた新聞だ。

 笑顔の一人、編集長のサッペさんに言われたことがある。「影響力が大きい日本に、モルディブの実情を伝えてください」

 サンゴ礁のリゾートを訪れる日本人は多い。けれど、政治的理由で投獄されたり拷問を受けたりする人が絶えない現実に触れることなく島々を去る。私自身、遊びで滞在中にインド洋大津波に遭い、残って取材することがなければ、楽園の裏の顔をのぞくことはなかっただろう。

 70歳の独裁者に勝った41歳も、たびたび投獄された元政治囚だ。人口30万人の国で歴史を作った彼が、命がけで唱えてきたのが「CHANGE」だった。

 前途は厳しい。狭い1軒に6、7家族が暮らす首都の住環境、若者の失業や麻薬の問題。経済が大きなカギを握るけれど、米国発の世界不況の大波は、ここにも容赦なく押し寄せる。

 3億人の国もCHANGEの興奮に沸いている。「アメリカでは民主主義が再び動いた。モルディブでは民主主義がついに誕生したのです」。サッペさんからメールが届いた。「世界がうらやむ国を作ります」。あす、仲間の待つ島に帰る。(経済部)




毎日新聞 2008年11月7日 東京朝刊

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