わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

肩をもむ人=磯崎由美

2008-06-03 | Weblog

 早咲きだった桜が散り始めたころからだろうか、点字入りのはがきが連日のように会社に届くようになった。差出人は全国の視覚障害者。<鍼灸(しんきゅう)マッサージで何とか生活してきましたが、もうやっていけません>とある。

 何が起きているのか。創立100周年を迎えた埼玉県立盲学校(川越市)を訪ねた。「こんな状況ですよ」。高等部理療科で進路指導を担当する乗松利幸教諭(49)が資料を前にため息をつく。

 理療科の生徒のほとんどは緑内障や糖尿病による中途障害者だ。視力と同時に職も失った人たちが再び社会を目指し、点字の読み方から医学書までを3年間で学ぶ。夜の寄宿舎では、実習で学んだ技術を身につけようと、お互いの体をもみ合う。そうやって国家試験に合格しても、今春卒業した10人のうち就職が決まったのは5人という。

 昔は温泉地に行けば、つえをついたマッサージ師が部屋に来て旅の疲れを癒やしてくれた。だが規制緩和で晴眼者を受け入れる専門学校が増え、今や視覚障害者は有資格者の約2割。就職先だった病院や入浴施設も晴眼者を雇い、繁華街では無資格でも営める「クイック」「足裏」を掲げた店へと客が流れる。

 パソコンの普及やストレス社会で、肩こりや腰痛に悩む人は増えている。ニーズは高まっているのに、歴史と技を培ってきた人々が職場から追いやられていく。

 校内の実習室。生徒たちが畳の上に指を立て、体重をかけていく。まねてみたが、痛くて続かない。「背負っているものが違うんです」。乗松教諭が言った。(生活報道センター)




毎日新聞 2008年5月28日 東京朝刊

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