20年前の3月13日、欧州合同原子核研究所で、世界を変えることになる構想が生まれた。ティム・バーナーズリー博士による、所内の情報を共有するための提案書には、コンピューターの利用者がクモの巣(WEB)のようにつながり合う図が添えられていた。私たちが今、インターネットを渡り歩いて情報を集められるのは、この「ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)」と呼ばれる方式のおかげである。
WWWは私たちの生活様式を劇的に変えた。高価な洋書を書店に注文して2カ月待つ、といった時間感覚は色あせた。ネットにつながる端末があれば、大量の情報がすぐに、ほとんどタダで手に入る。同じ趣味や思想を持つ友人を探し出し、リアルタイムで情報交換できる。WWWはコミュニケーションを変え、人間関係の可能性を広げた。
さらにいま、人間関係を根底から変えるかもしれない研究が進んでいる。「ブレーン・マシン・インターフェース」と呼ばれ、脳内の情報や意思をそのまま機械に表現する技術だ。手足が動かない人がパソコンを操作できるようになり、昨年には京都の研究機関が、被験者が見た図形を直接コンピューター画面に映し出すことに成功した。「夢の録画装置」に本気で取り組む研究者がいる。脳と脳とを結び、感情や思いを直接やりとりすることを考える人もいる。
実現すれば画期的だが、人は長く、言葉を介して人間関係をはぐくんできた。それを不要にする技術が世界をどう変えるのか、考え始めた方がいい。WWWだってたった20年で世界を変え、ネットの暴力やプライバシー侵害という副作用で私たちを困らせてもいる。(科学環境部)
毎日新聞 2009年3月7日 東京朝刊
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