わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

毎日新聞コラム「発信箱」スクラップ 2009・07・20~27まで

2009-08-09 | Weblog
はじめの一歩=福島良典


 「すべてはここの国防委員会から始まった」。不発弾による市民の被害が絶えないクラスター爆弾。日本政府が禁止条約の批准手続きを終えた翌日、ベルギー議会に訪ねたフィリップ・マウー上院議員(65)が述懐した。

 国防委員会で禁止を求めたマウー議員の提案に当初、軍は「廃棄したら大変なことになる」と反対したという。世界初の禁止法案が議会で可決されたのは06年2月。「それがオーストリア、ノルウェーへと広がり、禁止の国際的なドミノ現象が起きた」

 外科医として国際医療団体「国境なき医師団」などの活動に参加し、紛争に巻き込まれた市民の手当てにあたってきた。対人地雷、クラスター爆弾に続き、ベルギーは世界に先駆けて劣化ウラン弾を禁止した。「いずれも市民が死傷し、使用後も被害が長期にわたって続く」兵器だ。

 劣化ウラン弾禁止法発効に合わせ、ベルギー議会では日本の報道写真家、豊田直巳さんの写真展「ウラン兵器の人的被害」が開催中だ。写真の少女が指のない手を空に差し出し、見る者に行動を促す。

 マウー議員が劣化ウラン弾の先に見据えるのは核兵器だ。今月、米露首脳は戦略核兵器の削減で合意し、オバマ大統領の掲げる「核なき世界」の目標は主要国首脳会議(サミット)で共有された。

 世界的な服飾デザイナーの三宅一生さんは米紙への寄稿で原爆体験を語り、こう訴えた。「世界中の人々がオバマ大統領に声を合わせよう」

 対人地雷禁止条約の締約国は156カ国に達した。クラスター爆弾に続き、劣化ウラン弾、そして核兵器の全廃へと道は開けるか。「なせば成ると信じることだ」。マウー議員の言葉が胸に響いた。(ブリュッセル支局)

 

毎日新聞 2009年7月20日 東京朝刊







仕事か介護か=磯崎由美


 介護休業制度が創設されて10年になるが、取得率が上がらない。全常用労働者の0・04%(04年度)というから、2500人に1人の割合だ。先の国会での改正も、小さなものにとどまった。

 「まるでフルタイムで働いた後、そのまま夜勤をするような毎日です」。高校教諭のS子さん(46)はため息をつく。半身まひで認知症の母と2人暮らし。午前5時半に起き朝食を済ませ、デイサービスへ行く母の身支度をして出勤する。帰宅後は家事に追われ、介護ベッドの脇で横になる。真夜中も用便や足の痛みを訴えるたびに介助し、2時間と続けて眠る夜はない。

 母が倒れて4年たつが、彼女は介護休業制度を利用したことがないという。まとめてしか取れないので、長期間の介護には適さない。しかも職場は育児休業と違い、無給扱いにしている。介護保険サービスの自己負担額は月10万円近いというのに。

 そもそも今の制度は在宅介護をしながら働くためのものではなく、親が倒れた後で施設を探し、その後の方針を立てる準備期間といった趣旨のものだ。介護は育児と違い終わりが見えず、休み続けるわけにもいかない。でも先が見えないゆえに、介護や看護を理由に離職する人は年間15万人近くに上っている。働き盛りの人たちがリタイアせざるを得ない現状は、職場にとっても大きな損失のはずだ。

 「つらいけれど仕事を辞めなくて良かった」とS子さんは振り返る。介護に行き詰まっても、教室で自分を待つ子らがいる。母を通して生きることを深く考え、生徒との向き合い方も変わった。

 仕事か、介護か。二者択一を迫られるものであってはならない。(生活報道部)

 

毎日新聞 2009年7月22日 東京朝刊







なめたらいかん=与良正男


 先週に続いて05年の前回衆院選の話を。衆院解散直後からテレビを中心に「郵政民営化」「刺客」一色になって1週間後、私は出演している大阪・毎日放送の情報番組「ちちんぷいぷい」のスタッフにこう提案したのだった。

 「そろそろ刺客は飽きたって放送してみない?」

 刺客といっても自民党の内紛話。総選挙は政党同士の争いのはずで、そもそも郵政ばかりが争点ではないと考えたからだ。番組では提案に乗ってくれて、当時はほとんど話題になっていなかった格差問題などを連日取り上げた。

 今さら言い訳にもならない。結局、私たちは少数派だった。テレビ関係者によると、実際、当時は「刺客選挙区」さえ取り上げれば視聴率はぐんぐん上がったそうだ。

 それに比べてどうだろう。例えば東国原英夫宮崎県知事の衆院選出馬問題。要請した自民党は「テレビで話題になる」と考えたはずだ。民主党からは「またマスコミは自民党に利用されている」との批判もあった。だが、確かに毎日ニュースにはなったもののメディアに露出すればするほど知事も自民党も評判を落としていったのではなかったか。そこに国民意識の変化を感じないわけにはいかない。

 そう。5人も出馬して、連日メディアジャックしたのに、ちっとも盛り上がらなかった昨秋の自民党総裁選のころから、国民はやすやすと踊らず、実像を冷静に見つめ始めていたのだ。

 1年前から書き続けている言葉をもう一度、記しておく。国民をなめたらいけないということだ。自民党の中には「私だけは違う」と勝手にマニフェストを作る動きがあるという。もう、そんな姑息(こそく)なまねはおよしなさい。(論説室)

 

毎日新聞 2009年7月23日 東京朝刊







パリはほほ笑む=福本容子


 清潔で礼儀正しく、物静かで文句を言わない……。そんなわけで、日本人観光客が好感度世界一になった。インターネット専門の旅行会社「エクスペディア」が世界のホテルから聞いた結果である。

 ところが各国のメディアが話題にしたのは27カ国中最下位のフランス。「ケチで無礼で旅先の言葉を使おうとしない」が不評の理由だった。調査の中立性は不確かだけど、少なくともフランス人観光客は人気者ではなさそう。

 人気といえば、フランスにいるフランス人も、ない。大手旅行情報サイト「トリップアドバイザー」のランキングではパリが「欧州で最も無愛想な都市」に選ばれた。

 普段なら無視できても、不況で外国人旅行客が急減中のパリである。プライドを封印し変身作戦に乗り出した。名付けて「パリはあなたにほほ笑む」キャンペーン。観光案内所に「笑顔大使」を置き、市民に「外国人には笑顔で親切に」と呼びかけている。

 外国人旅行客の減り方がパリ以上の日本。もともとが感じいいから、笑顔キャンペーンは効かない。物静かにしていてもお客はやって来ない。

 米タイム誌の「東京10名所」は目からうろこだ。「渋谷駅前のスクランブル交差点を見ずに帰国するな」とある。「全信号が一斉に赤になるとあらゆる方向から歩行者が流れ込み、ビー玉の箱をひっくり返したよう。この秩序だったカオスはスターバックスの2階から楽しめる」

 毎日したり見たりしていることが外の人には結構おもしろい発見になる。神社仏閣やアキバだけじゃない。フランス人が笑顔なら、日本人に必要なのは、埋もれた「おもしろい!」を新しい発想で紹介する柔らかな脳かな。(経済部)

 

毎日新聞 2009年7月24日 東京朝刊







青空研究=元村有希子


 22日の皆既日食。普段はケータイとにらめっこしている大人たちが一心に空を見上げ、歓声を上げる。好奇心には大人も子どももないのだ、とうれしく思った。

 「なぜ空は青いの?」と子どもに聞かれて戸惑った経験を持つ人は少なくないだろう。科学者たちはいくつになっても、こんな問いを発し続けている。答えが見つかるか分からない、まして一文の足しにもならない、それでも「なぜ?」と感じた素朴な疑問を追いかけるような研究を、欧米ではブルースカイ・リサーチ(青空研究)と呼ぶ。

 とはいえ、最近は研究にも目的と成果が求められるようになった。いついつまでにこれだけの成果を出し、こんなに役立ちます、とあらかじめ申告しないと研究費がもらいにくい仕組みになっている。青空研究は分が悪い。

 400年前、同じ思いで空を見上げた男がいた。ガリレオ・ガリレイ。彼が「科学の父」と呼ばれる理由は、宗教的な価値観に支えられていた中世世界の秩序に、科学の目で見直しを迫ったからだ。

 自作の望遠鏡で月を観察し、それまでは傷一つないと信じられていた月の表面がでこぼこだと確かめた。太陽の黒点の数や金星の大きさの変化を記録し、「天体の不変性」を前提にした天動説に異を唱えた。宗教裁判にかけられ、晩年は失明するなど不遇だったが、彼の好奇心から生まれた知識は宇宙の理解を大いに進めた。青空研究の醍醐味(だいごみ)である。

 今年は、ガリレオが初めて望遠鏡で天体観測をして400年になるのを記念した「世界天文年」。日食の朝、空を夢中で見上げた子どもたちの中から、21世紀のガリレオが育つことを期待しよう。(科学環境部)

 

毎日新聞 2009年7月25日 東京朝刊







時代を映す街=萩尾信也


 横浜市の「寿地区」。300メートル四方に「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所が密集するこの街を、先日久しぶりに再訪して変容ぶりに驚いた。

 出合いは1970年代後半だった。米軍の接収地跡に誕生したドヤ街は日雇い労働者が暮らす街として復興し、東京の「山谷地区」や大阪の「釜ケ崎地区」とともに「日本の3大寄せ場」と呼ばれていた。当時大学生の私は生活費に窮すると、ドヤの住民と一緒に車に詰め込まれて建設現場や工事現場に向かい、日銭を稼いだ。日雇い労働者が高度経済成長期を下支えしたころの思い出だ。

 再訪したのは80年代後半、バブル経済の時代だった。就労が多様化する中で、肉体労働を「汚い」「きつい」「危険」の頭文字をとって「3K仕事」とさげすむ風潮が生まれていた。そこに高騰する人件費を嫌う雇用側の思惑が加わり、日本人に代わって東南アジアからの外国人労働者が流入。人権侵害や賃金未払いなどのトラブルも頻発していた。社会部の駆け出し記者だった私は、その実態をドヤに寝泊まりしながら取材した。

 3度目は00年、バブルがはじけ経済が失墜していた。日雇いの仕事が激減して外国人労働者が姿を消し、ドヤ代も払えずにホームレスになった人々が路上で暮らしていた。

 そして未曽有の経済危機にある09年、寿地区は「老人と福祉の街」へと変容していた。かつての日雇い労働者は高齢化して、84年に9%だった60歳以上の高齢者は08年には58%に跳ね上がり、生活保護受給者は86年の30%から75%に拡大していた。

 人通りでにぎわう中華街に隣接する寿地区。その街角には、日本の戦後史と未来が映って見える。(社会部)

 

毎日新聞 2009年7月26日 東京朝刊







インドの花嫁=福島良典


 求愛の言葉を選ぶのは難しい。振り向いてもらいたい時、「好きだ」と相手の感情に直接、訴えるか、「一緒に暮らす方が合理的だ」と提案するか。人柄が表れる。

 米国とフランスの南アジア外交を目にして、インドを取り合う恋敵同士のつばぜり合いを想像した。愛の国フランスは情熱派。清教徒の末裔(まつえい)の米国は説得型だ。

 「フランスはインドが好きだ。インド文明を尊敬している」。サルコジ大統領は7月14日、パリでの仏革命記念日の軍事行進にインド軍を招き、シン首相に秋波を送った。

 対するクリントン米国務長官は正攻法。17~21日のインド訪問で「最古の民主主義(米国)と最大の民主主義(インド)は意見の相違を乗り越えられる」と力説した。

 米仏には打算がある。参入を競うのは、老朽化するインドの軍備と原発の近代化だ。インドは軍備刷新に今後5年間で300億ドル(約2兆8000億円)を投じる。深刻な電力不足の解消も急務だ。

 クリントン長官の訪印で、米国はインドに武器を輸出するための協定を結んだ。原子力分野では米印原子力協定に基づき、米企業が原発2カ所の建設に乗り出す。

 フランスはインド空軍のミラージュ戦闘機更新の契約を取り付けたい。米国に負けじと、ウラン濃縮・再処理で協力する用意も表明している。

 インドには「米国はパキスタン対策で我が国を必要としているだけ」とのさめた声もある。米国が見え透いたテロ対策の理に走れば、インドの自尊心を傷つけかねない。

 多極化が進行する国際社会で重みを増すインド。その心をつかむのは情熱派か、説得型か。外交も恋愛同様、駆け引きの妙が肝心だ。(ブリュッセル支局)



毎日新聞 2009年7月27日 東京朝刊


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