イタリアに赴任して10日が過ぎた。自宅を兼ねた毎日新聞のローマ支局は下町のアパートの3階にある。着いた翌朝、初めて目にしたのは散歩する犬たちの姿だった。
老いた男性には老犬が、中年女性にも大型犬が静かについてくる。皆、ひもをつけていないが、さして周りに関心を示さず、うつむき加減に静かに歩いている。ほえたり、互いにかぎ合ったりせず、自分の世界に没頭している。悪く言えば、覇気がない。
街でも同じだった。日本で多い、何かと騒ぎ、あちこちにおいをかぎ、落ち着きのない犬をまず見かけない。しつけがいいのかと犬好きの獣医に聞いたら「イタリア人がしつけなんかするわけないじゃないか」と言う。
犬は主人に似るという。人の心を察する点で霊長類以上だと言う学者も。もしそうなら、犬に国民性があってもいい。古代からイタリア人に慣れた犬は、日本の犬とは違う。イタリア語で犬はカーネ。スペイン語のペロのように甘えた響きがなく、結構、孤高の動物なのではないか。
イタリアで「犬の先生」と慕われるマッシモ・ペルラさん(50)はこう言う。「犬を厳しくしつける英独に比べ、イタリアの犬はかなり繊細だと思う。人の側に決まりや理屈はなく、異常にかわいがったり、ひどく感情的にしかる。だから、強弱や高低の激しいイタリア語の声色に、ここの犬はいつもピリピリしている。それだけ人間と交流しているということでしょうが」
主人に似たというより、表現豊かで気まぐれな主人を前に、妙に落ち着いてしまったのかもしれない。
毎日新聞 2008年4月13日 0時07分
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