「敗軍の将」がこれほど評価されるのは珍しい。新世代DVDの規格「HD-DVD」からの撤退を決めた東芝の西田厚聰(あつとし)社長である。
問題を先送りしない素早い決断と、「もはや勝ち目はない」という明快な語り口。約300人の記者らを1人で相手にする腹のすわった態度。がっかりさせられる経営者、政治家が多い中で、なかなかお目にかかれない光景だった。株式市場でも東芝株は買われた。
組織にとって厳しい局面、追い込まれた状況ほど、トップの対応が意味をもつという見本でもあった。
ただ、東芝が競争に敗れ、数百億円単位の投資を生かせず、収益をあげる機会を逃したのは事実だ。さらにいうと、ソニーなどのブルーレイ・ディスク陣営も勝者ではないのかもしれない。
規格争いというと、つい「不毛」「消費者軽視」と悪態をつきたくなる。しかし、もし規格が統一されていたら、さらなる技術開発の意欲を引き出すことも、価格の低下を促すこともなかったと思う。もちろん、消費者に選択の余地はなかった。VHSかベータかのビデオ戦争で痛い目をみた教訓をふまえ、どちらも買わない「様子見」も意味を持たなかったはずだ。
その意味で、本当の勝者は消費者だったとは言えないだろうか。東芝が昨年後半に打ち出した大幅な価格引き下げ戦術にもなびかず、流れを決定づけた。規格争いなど企業の戦略を不毛なものにさせたり、消費者軽視に走らせるかどうかは、つまり消費者自身の判断と行動にかかっているのだと思う。(経済部)
毎日新聞 2008年2月29日 東京朝刊
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