わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

映像の虚実=玉木研二

2009-11-15 | Weblog




 ドイツの女性監督レニ・リーフェンシュタールの「意志の勝利」を東京の上映館で見た。ヒトラー政権2年目の1934年9月、ニュルンベルクで開かれたナチ党大会のドキュメンタリーだ。ナチの政治宣伝映画で戦後ドイツでは上映が禁じられている。

 多数のカメラを同時に使う。レールや自動車、飛行機を活用した移動撮影、群衆の表情を引き出すクローズアップ、夜間のたいまつ、サーチライトなども効果的に取り入れ、発展途上の機材を駆使した。当時32歳。ベルリン五輪の「民族の祭典」「美の祭典」とともに、才気の映像美と演出で世界に名をはせた。

 人間はどんなに正直のつもりでも100%正直でありえないように、100%ウソをつき通すこともできない。それと同じで宣伝映像も虚飾のすきに「実像」を記録するものだ。熱狂の中の物珍しげな目。野営にはしゃぐヒトラーユーゲントの稚気。朝食の煙が立つ質朴な家並み。招待席で冷笑を包んだような国防軍将官の表情。映像が残したこんな「素顔」が印象深い。

 成り上がり政権のヒトラーは、その夏、伝統の国防軍と財界の支持を得るため、嫌われている突撃隊や左派を流血粛清したばかりだった。党の一枚岩を強調する彼の演説は演出効果で扇情的だ。だが一方でその映像は不安で落ち着かぬ小心な45歳の男がそこにいるとも見える。そして10年8カ月後ナチは破滅した。

 リーフェンシュタールはナチ協力者の烙印(らくいん)を押され、長い戦後を生きた。水中撮影などの仕事を残しながら、101歳で没する。

 その主題は世界から全否定され、映像美は範として評価され続ける。独裁政治に利用された才気の悲劇だろうか。(論説室)

 


毎日新聞 2009年10月20日 東京朝刊

 


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