わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

理不尽な運命の交差

2008-03-25 | Weblog

 ツゲの櫛(くし)を持って四つ辻(つじ)に立つ。道祖神に祈りながら、そこに最初に通りかかった人が何をしゃべっているかに耳を傾ける。かつてはその言葉を自分の境遇にひきつけて解釈し、吉凶を占った。ツゲは「お告げ」の語呂合わせだ。

 いわゆる「辻占(つじうら)」だが、昔の人は見知らぬ人同士が行き交う四つ角を、それぞれの運命が交差する場所と考えたのだろう。また人が四方から集まり、去っていく辻はこの世と異世界との結び目で、魔物が怪異を起こす場所でもあった。

 今なら四方八方から道が集まり、鉄道ともつながる場所は駅である。そこでは日々見知らぬ人同士の運命がさりげなく交差する。だがまさか白昼、「誰でもいいから、人を殺したかった」という24歳の男のとんでもない殺意が自分の運命と重なり合おうとは誰だって予想できない。

 茨城県のJR荒川沖駅で通路などにいた8人が相次いで刃物で襲われ、死傷した。逮捕された男は別の殺人容疑で指名手配中だった。しかも男はこの事件に先立ち、小学校を襲う計画だったと供述しているという。胸の悪くなる冷血である。

 聞けば荒川沖駅には男の捜査のために8人もの私服刑事が張り込んでいたという。だがうち1人は手傷を負い、容疑者はまんまと現場から姿をくらました。起こった結果を見れば、やはり警察の手抜かりを指摘する厳しい声が出るのも仕方がない。

 四方八方から駅に集まる道は、悪事をはたらく者には逃げ道となる。プロの捜査員として、より周到な網の張り方はなかったのだろうか。挑発を繰り返す容疑者の危険を知っていた警察は、まず市民を理不尽な運命の交差から守る策をとってほしかった。




毎日新聞 2008年3月25日 0時09分


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