03年11月の前々回衆院選は自民党237議席、民主党177議席という結果だった。投開票翌日、新聞各紙の朝刊1面には「自民後退、民主躍進」の大見出しが躍ったものだ。自民、公明の与党合計では絶対安定多数を獲得したにもかかわらずだ。
その直後、本欄で「与党が過半数を取ったのだから、民主党は負けたと言うべきだ」と書いたことがある。
「衆院選は政権選択選挙」とメディアが一斉に位置づけ始めたのは実はこの時から。55年体制ができて以来、いくら民主党が野党としては最多の議席を取ったといっても政権を取れなかったのだ。そもそも「躍進」という言葉には「政権選択」と口では言いながら、「野党としては望外に健闘した」といった意味が込められていないかと異議を唱えてみたわけだ。
「何をねぼけた話をしているのか」と多くの人から不思議そうな顔をされたと記憶する。かく言う私も屁理屈(へりくつ)をこねたに過ぎない。実際には政権交代の可能性など思ってもみなくて、自・公政権が続くのは当たり前というのが前提だったのだ。
そう振り返ると、この6年間の政治の変化を改めて感じないわけにはいかない。
今度の31日朝刊は「鳩山政権誕生へ」の見出しとなるかもしれない。自・公は大きく議席を減らすかもしれないが、過半数を取れば「政権維持へ」となるだろう。無論、いずれも過半数を取れず「政界混迷へ」の可能性もなくはない。いずれにしても、「躍進」やら「後退」やらの言葉は二の次になるはずだ。
というわけで今回は本来の意味で初の政権選択選挙となる。しつこいようだが、だから私はわくわくするのだ。(論説室)
毎日新聞 2009年8月20日 東京朝刊
浮きこぼれ=元村有希子
ホームレス支援を掲げるカナダの「てんとう虫財団」総裁、ハンナ・テイラーさん(11)は5歳の時、ごみ箱から食べ物を拾う人を見て衝撃を受けた。ベビーフードの空き瓶をてんとう虫の水玉柄に塗って募金箱をつくり、寄付を呼びかけた。6歳で財団を設立、07年には「カナダでもっともパワフルな女性100人」に最年少で選ばれた。
日本では、テイラーさんのような人材は皆無に近い。才能のある子はいても、それを育てる環境が十分ではないためだ。
早熟な才能ゆえに、普通の子の集団から浮いてしまう子どもたちを広島大理学部の泉俊輔教授は「浮きこぼれ」と呼ぶ。数学好きの中高生を全国から選んで開いた夏合宿で、数学や科学の話題で朝まで盛り上がる少女たちがいた。「早く寝たら?」と声をかけても寝ない。「学校では『賢いね』と一目置かれてはいるが、浮くのが怖くて『数学が好き』と言い出せない。教室では自分を抑え、孤独や疎外感を感じている」
才能児に共通する特性がある。独創力と抽象的思考力に優れ、精神的に大人びている。好きなことにはすごい集中力と行動力で取り組む。才能教育が盛んな米国では、すべての州が何らかの制度と予算を用意して才能児を発掘し、飛び入学や特別教育プログラムで支援している。テイラーさんもカナダで才能教育を受けているという。
日本も従来の低学力(落ちこぼれ)対策に加えて「浮きこぼれ」救済を考え始めてはどうだろう。彼らにも伸び伸びと学ぶ権利がある。「むかし神童、いまフツーの人」という冗談が通じるような現状は、限りない可能性を浪費しているようで寂しい。(科学環境部)
毎日新聞 2009年8月22日 東京朝刊
父は心の中に=萩尾信也
<今年は行けないけど、(僕は)社会人になって、お父ちゃんに近づいています>
520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故から24年の今月12日。墜落現場となった群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に登った小澤紀美さん(53)=大阪府=の携帯に、長男の秀明さん(23)からメールが届いた。
1985年のあの日、秀明さんはまだ紀美さんのおなかに宿る小さな命だった。朝、妻のおなかに耳を当てて、わが子の心音に笑みを浮かべた父親は東京への日帰り出張に出かけ、帰りに事故に遭った。
発生から7日後、現場で取材を続けていた私は、尾根に供えられた遺族からの品々の間にバレーボールに記された文字を見つけた。<立派な子を産みます>。バレーボールの市民チームの同僚として出会った亡夫に、身重の紀美さんが実兄に託して山に届けたメッセージだった。
秀明さんが産声を上げたのは翌年1月。私は一周忌の夏に小澤家を訪ね、三回忌の夏は母子と御巣鷹に登った。以来、毎年のように母子と一緒に山に登り、心優しい青年に成長していく秀明さんの姿に歳月の移ろいを重ねてきた。
そして今春、秀明さんは大阪で就職。社会人1年生の夏は、家族旅行を計画する職場の先輩たちに休みを譲って、職場から山に登った母親に父親への伝言をメールした。
私がお盆明けに秀明さんに電話をしたら、元気そうな声が聞こえた。「母との慰霊登山は途絶えましたが、命日の夜は遺影の父にたっぷりと近況を報告しました。父は僕の心の中にいて、いつも見守ってくれています」
事故から来年で四半世紀。秀明さんは6年後に、父親が亡くなった29歳に並ぶ。(社会部)
毎日新聞 2009年8月23日 東京朝刊
失敗から学ぶ=福島良典
聖書から論語まで、古今東西の人生の先達たちは、人が過ちをおかした時の心得を説く。それほど、人間とは「失敗する生き物」なのだろう。
肝心なのは、道を踏み外した後の行動だ。イエス・キリストは「悔い改め」による信仰を説き、孔子は「過ちてはすなわち改むるにはばかることなかれ」と諭す。
今から6年半前。イラク戦争に反対する抗議デモが吹き荒れるフランスで、ひとり気を吐く戦争賛成派の論客がいた。仏国際関係研究所(IFRI)の特別顧問、ドミニク・モイジ氏である。
だが、開戦理由とされた大量破壊兵器は見つからず、米兵の蛮行も明るみに出た。モイジ氏は言論人として決心する。04年9月、米ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で「私は間違っていた」と自らの過ちを認めたのだ。
米国民も同じように考えた。オバマ政権誕生の原動力となったのは、ブッシュ前政権が推し進めてきたイラク戦争の失敗だ。そのブッシュ氏でさえ、最後の記者会見で打ち明けた。「大量破壊兵器が見つからず、がっかりした」
それに引き換え、の感が強い。「フセインが存命で権力を振るい続けていたら(中略)国際平和にとってより大きな危険が起きていたかもしれない」「あの戦争は正しかったか、間違っていたか(中略)なんとも答えることはできません」。17日の党首討論会での麻生太郎首相の発言だ。
国際テロの拡大を招いたイラク戦争の総括を日本は済ませていない。フセイン元大統領が独裁者だったのは論をまたないが、武力で排除すべき脅威だったのか。対米協力は日本の国益に資したのか。イラク報道にかかわった一人として総選挙を前に考えたい。(ブリュッセル支局)
毎日新聞 2009年8月24日 東京朝刊
寅さんの40年=玉木研二
山田洋次監督の松竹映画「男はつらいよ」は1969年8月27日封切られた。会社は初め製作に消極的で「山田がそこまで言うなら」といった調子だったらしい。特に前宣伝もなく公開したら大評判で、たちまち続編、さらにシリーズ化し26年間48本というギネスものの記録になった。
渥美清さん扮(ふん)するテキヤ車寅次郎(くるまとらじろう)が旅先から妹らが暮らす故郷・葛飾柴又にふらりと戻っては人情もつれる騒動で混乱させ、マドンナに寄せる恋心破れて再び旅立つ。
今さら説明するまでもないこの黄金のワンパターンが毎度観客を笑わせ、泣かせてきた。マンションやコンビニが街を形成する前の時代。他人の家にもずかずかと踏み込んでくる登場者たちのおせっかいやお人よしぶり。60年代末には忘れられかけていた日本人の風姿であり、人々はスクリーンにそれを見いだし、確かめていたのだろう。
日本神話の神、スサノオの物語にも通じる魅力もある。周囲が手を焼く暴れ者。成長しても異界の母のもとに行きたいと泣きじゃくる甘えん坊。神の国を追われるが、途次、狼藉(ろうぜき)の限りを尽くし、姉のアマテラスはたまりかね天の岩戸にこもる……。あるいは悲劇の英雄ヤマトタケル。中央から遠く長い戦いの旅、漂泊の果てに倒れる……。
人恋しさと甘え、ひとところに居続けられぬ流転の哀感。一口にいえば日本の大半の歌謡曲のテーマはこれだが、寅さんはそれを体現し、私たちはそれに心深いところで共鳴してきたのではないか。
「けっ、てめえ、さしずめインテリだな。上等じゃねえか。けっこうけだらけネコ灰だらけ」。寅さんからわかったふうなこと言うんじゃねえと、こう皮肉られそうだが。(論説室)
毎日新聞 2009年8月25日 東京朝刊
ドラッグとの決別=磯崎由美
芸能人の相次ぐ薬物事件が総選挙のニュースを上回るほど関心を集めている。事は芸能界ばかりの話ではない。警察庁によると、今年上半期の覚せい剤押収量は前年同期の6倍超。国が戦後3度目の乱用期に入ったと宣言して既に10年以上が過ぎ、薬物汚染は主婦や学生にも広がる。
以前会った10代の少女は幼いころ親が離婚して親族に預けられ、養父に虐待された。人の勧めで覚せい剤に手を出したのは16歳の時。「ささいな一言で友達が離れてしまうのではと不安で、うまく距離が取れない」と言った。
薬物依存の治療に取り組む赤城高原ホスピタル(群馬県渋川市)の竹村道夫院長は「乱用者の多くは機能不全に陥った家庭で育っている」と指摘する。「大切にされていると感じられずに自尊心が低く、薬物で自分を変えたいという誘惑に勝てないのです」。ここ数年は薬物の垣根が低くなったためか、一見問題のない家庭で育った依存者も目立ってきたという。
竹村院長らが問題視するのは再犯率の高さだ。治療には時間がかかり専門性も必要だが、出所後のサポートは不十分で、再び手を出し売人になってドラッグを広めてしまう人も後を絶たない。
依存者の社会復帰に公費を投じることには世論の反発もある。だがこれまで依存者の回復を支えてきた民間施設は財政難にあえいでいる。米国では刑罰に代わり治療や福祉サービスを提供するドラッグコート(薬物裁判所)が成果を上げているという。
人のもろさにつけ込み、社会をむしばむドラッグ。厳罰化だけでは乱用者は減らせない。この事件を機に、国自体が薬物と決別する覚悟で対策を急ぐべきだ。(生活報道部)
毎日新聞 2009年8月26日 東京朝刊
ハッピーマンデー=福本容子
月曜は一週間で一番憂うつな日かと思っていたら違った。実際は日曜の次にハッピーな日らしい。楽しかった週末の余韻が残っているからで、気持ちが最も沈むのは週のまん中、水曜日なのだとか。
米・バーモント大の科学者、P・ドッズ、C・ダンフォース両教授の研究結果である。2005年8月以降に書かれた230万の英語のブログから、気分を表現した1000万近い文章を抜き出し、幸福度によって1から9まで数値化した1034単語の登場度合いを調べた。「勝利」(8・82点)や「愛」(8・72点)は高く、「うそ」(2・79点)、「自殺」(1・25点)は低い、といった具合。
クリスマスやバレンタインデーは点数が上がる。反対にマイケル・ジャクソンさんの急死直後は数値がガクンと落ちた。あらたまって「あなたは幸せですか?」と聞く調査に比べ、人が実際に心の状態を表現した言葉を調べるから、自然体が分かるという。
過去4年で飛び抜けて最高ハッピーとなった日があった。昨年11月4日。米大統領選挙でオバマさんが勝利した日だ。「誇らしい」「希望」「喜び」といった言葉が飛び交い、「痛み」「憎しみ」が影を潜めた。クリスマスやバレンタインデーより大きな幸せ感を選挙で味わえるなんて。
日本じゃ無理でしょう? もちろん、ここにオバマさんはいない。でも、国内で46年ぶりと言われた皆既日食より珍しい現象を起こし、それを珍しくないものにしていく歴史的第一歩になりそうなのだ。世界も目を凝らしている。
20歳以上にはみんな1枚ずつチケットが届いた。参加者は多いほどいい。特に若い人たちに、いつもと違う月曜を味わってほしい。(経済部)
毎日新聞 2009年8月28日 東京朝刊
自民も気になる=与良正男
先週後半から衆院選は民主党が圧勝する勢いだと伝える新聞各社の情勢調査報道が相次ぎ、私のところにも何人かの与野党関係者から「本当か?」「まさか、民主が300議席を超えるとは……」といった電話がかかってきた。
もちろん、30日の結果は分からない。しかし、少なくともこの時点での世論調査結果は本当だ。4年前の前回衆院選でもそうだったように、元々、小選挙区比例代表並立制は、2~3割程度の有権者の投票行動が変わるだけで、こうした地滑り的現象が起き得る仕組みなのだ。
気の早い話だが、こうなると「鳩山政権」の行方とともに、仮に大激減した場合、自民党はどうなるのかも私には気になる。
自民党は政権を持っていることが一番の求心力となってまとまってきた政党だ。93年の衆院選で一度野党に転落したが、これは党の分裂がもたらした結果であり、自民党はなお圧倒的に比較第1党だった。当時「史上最強の野党」と言われたものだ。
そしてわずか1年後、旧社会党との連立で政権に復帰。私は今でもあの自社連立は禁じ手だったと思っているが、何としても与党に戻るという所属議員の執念は、それはすさまじいものだった。
今回はそんな策も見当たらない。党内はこれまでのように、派閥がどうした、こうしたとか言っている場合ではなくなるだろう。そもそも、次の総裁をどう選ぶのか。態勢の立て直しには相当時間がかかり、しばらく国会対応どころではなくなるかもしれない。
自民党にとっても未知の世界が待ち受けているということだ。仮に負けるとしても、その負け具合が大きなポイントになると思う。(論説室)
毎日新聞 2009年8月27日 東京朝刊
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