語学は「語楽」--英語を楽しく学びましょう

英語の学習をしていて、「おや?」と思われる点について、みんなで考えてみたいと思います。

English shall be taught in English.

2013-10-28 22:25:37 | 英語の学習と研究

井上某かの歌に、「がんばれ、・・・西から東へなんたら」というのがあった。

某高校で3年生の個人面談時において担任クラスの女子生徒に「頑張れ」と言ったら、突然泣きだし、どうしたと言ったら「頑張ってんのに結果が出てません。親にも、友達にも、頑張れと言われ、どうしようもない気持ちでいるのに、なんでがんばれ言うんです。」

答は「頑張らへんでいいんです」。自分のスタイルで行けばいいんじゃんか。

最近思うことは、凡事を徹底すればなんとかなるのかな。


なんと形容してよいやら・・・強いて言えば、「大政翼賛的」?

2013-10-01 22:05:57 | 英語の学習と研究

今朝聞いた話であるが、とうとう来たかと思った。

文科の話だ。仄聞であり、また詳細について確認が取れていないので伏せ字にするが、某社が、某月の模擬試験の件で文科の訪問を受け、その際、問題案の一部について書き直しを迫られたというのである。実際に全面的に書き直しをして印刷して実施したらしいのだが、現在手元にある現物の問題を見る限りでは昨年度とほぼ変わりはない。下線部和訳もしっかり出題している良問である。

文科に一企業にまで口出しをする権限がどこにあるのだ。そもそも学校法人でもない企業に対して、圧力をかけることが気に食わないし、表現の自由の制限にも繋がるのではないかと憤りを隠せないでいる。日の丸・君が代問題あたりから文部省→文科省の姿勢が随分と居丈高になったと感じるのはのは気のせいであろうか。

訳読がいけないという。では、英文をどうやって理解するのか。文法は単独で扱うのではなくアクティビティの中で教えなければいけないという。そもそも、文法項目を知りもしないでどうやってアクティビティを行えるのだろうか。CAN-DO-LISTを作れという。なんでEUの真似をする必要があるのか?文科のやることはこれまですべて失敗だった。唯一の例外は「ゆとり」教育である。国民の多くを見事に愚民化し、その結果今の安泰自公政権が生まれた。

学習指導要領の「法的拘束力」というものはいつのまにかひとり歩きしてしまったが、憲法は最高法規である。ここは確認して置かなければならないポイントだ。最高法規の「下位」にある『要領』になぜこれほどの権威を与えなければいけないのか。

現今の学習指導要領は必ずや失敗し破綻する。多くの英語教師がそれを知っているあるいは感じているくせに公言できないのは、いわゆる「法的拘束力」という、言霊に取り憑かれているからであろう。

定年まであと数年しかないのだが、抵抗できる体力と気力がある限り、この国が間違った方向へ進むのを何とか食い止めたいという思いでいっぱいである。