動物とおっちゃんの日常風景

喘息・椎間板ヘルニア・胃食道逆流症・過敏性腸症候群。しかし、動物や私的な病気どころではなくなってきたこの国の将来。

ノラ猫

2013年03月30日 | 動物
ノラ猫の避妊手術で来院された。
上開式のキャリーに入って来た。
ネットの入れていない・・・。

嫌~な予感がした・・・。

キャリーの隙間から覗くと、口を開けて呼吸をしてる。
瞳孔も大きくまん丸だ・・・。
「出しても大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫でしょう。私達には慣れてるから。」

開けた瞬間に飛び出した。
診察室中を跳んで逃げる。

壁を這い上がろうとして、滑っては上へ下へ狂喜乱舞だ。
机の上の物は全部、散らかった。
10年来置いてあった陶器で出来た犬の置物は無残にも粉々になった。

エアコンの上の隙間に入ったところを飼主さんがやっと捕まえた。
ノラは気をつけないといけない。

だいたい、蓋を少し開けて顔を覗いてみて判断する。
僕の判断はほとんどが間違いない。

しかし、飼主さんのほとんどがわかっていない。
ネコにすれば、車に乗せられて遠くへ連れて来れれたこと自体が恐怖。

中にはネットに入ったまま逃げ出したこともある。

ネットに入っているからと安心してはいけない。
ネットを掴んだ瞬間に指をしこたま咬まれたこともある。

ドアの隙間から逃げ出して病院中が格闘の場になったことも。
大事なネコをお預かりしているいのだから、僕たちのストレスも相当だ。

ノラ猫ではよくあることだが、だからといって追加料金はいただけない。

めまい

2013年03月29日 | 病気
また、妻のめまいが始まった。
一度始まるとなかなか治らない。

一晩中、ベッドに座って苦しんでいる・・・。
横になると眼がグルグル回って気持ち悪いという。

医院で薬をもらって飲んでもすぐには回復しない。
女性の更年期には多い病気らしい。

見ていて可愛そうになる。
何もしてやれないのだ。

それでも、二日ほどで治る。
その間は食事も睡眠もままならない。

昨夜から少し変だったらしい。

そういえば、僕の喘息も、ジリジリと発作に至る。
何か喉の辺りがおかしいと感じ始めたら、ヤバイ・・・。

気管支拡張テープを胸に貼って、去痰剤、抗ヒスタミン剤を飲む。
ステロイドの吸入剤を手に握って椅子に座って苦しい呼吸。

来るぞ来るぞと思うと必ず来る。
こんな時は傍らに妻がいても何の役にもたたない。
妻のめまいの時に傍に僕がいても意味がないのと同じだ・・・。

来るぞ・来るぞと思うと余計に胸が苦しくなって呼吸が出来なくなる。

腰痛なら、「いてて、いてて」と言って、痛みを人に訴えることもできるが・・・。

喘息とめまいは自分だけしかわからない苦しみだ。



親友

2013年03月29日 | 日記
僕には親友と呼べる友は二人しかいない。
一人は高校一年の時のクラスメートで、あとの一人は2年と3年の時のクラスメートだ。

2年と3年の時に同じクラスだった親友は今月に亡くなった。
彼は当時は学生運動に没頭していた。
浪人後に教育大学に入学して、大阪の中学の教師になった。
荒れていた中学校をたてなおし、定年前に退職して市議になった。

1期半ばで闘病生活に入り、無念にも志半ばで亡くなった。
彼は市議になってから、ブログを立ち上げた。
その中に、若い頃を振り返って書いた文章が並んでいる。

その中に、高校の名前と僕の名前が実名で出てくる。
僕の動物病院のホームページには実名が書いてある。
その名前をネットで検索して、高校の後輩が我が院を訪ねてくれたことがあった。

我が院は群馬県で出身高校は大阪府茨木市にあるので、後輩が来た時は驚いた。
これも我が友がいたからこそだろう。

来月は49日と納骨だ。

最近、「アメリカ口語教本」という本を買って勉強してる。
CDが付いていたので、聞きながら車を運転している。

この「アメリカ口語教本」は思い出深い本だ・・・。
高校2年の時の担任が英語の先生で、ある日突然、「今日から教科書は使わない。代わりにこの本を使う。」と豪語した。
皆はなんのことかわからず・・・?だった。

中には、「受験のためには教科書を使ってほしい。」という者がいた。
結局、その本は使わずじまいで教科書に戻ってしまったのだが。

まさにその年に僕は彼と出会っているのだ。
今年になるまで、その本のことは忘れていた。
不思議だ・・・。

コメント

2013年03月29日 | 日記
僕のブログにコメントする人はいないと思っていた。
今までにも冷やかしやら何かの宣伝でコメントをいただいたことはあったのだが・・・。

今回は初めて本当のコメントをいただいた。
正直、嬉しかった。

でも、コメントに気がつくのが遅かった。
2月からこっちは悲しいことや辛いことが多くて、ブログの管理を怠っていた。

コメントくださった方には申し訳ないこをしてしまった。

親友の死

2013年03月18日 | 病気
癌で闘病していた親友が亡くなった。
抗癌剤を終えて1年以上自宅で闘病していた。

5年前に中学の教師を退職していた。
お通夜も告別式も若者で一杯だった。
教え子達だろう。お通夜は平日だったので、終り頃に続々と・・・。

荒れていた中学を立て直したのは彼だった。
現場での限界を感じて市議になって1期だった。
さぞかし無念だったろう。

市議会関係者・教職関係者を除いても、告別式は大勢の若者で溢れた。

もう20年も前に僕達家族で彼のアパートに居候したことがあった。
1週間も居ただろうか。僕達家族は6人もいた。
外国からの一時帰国で泊るところもなかった。

深夜に電話が・・・?
「先生いますか?」「いや、僕は彼の友人です。彼はここにいませんが。」
ケイタイのない時代だったから・・・。
「うちの生徒が私鉄の駅で暴れているので先生に行ってほしい。」
そんな電話が何回かあった。
時間外で補導に行くことが度々あったのだろう。
その間、彼は泊るところもなく、転々としていたと後で聞いた。

その後も、僕が「うつ」になった時。
突然、朝に職場に電話があった。

開口一番、「声が暗いな?」と彼は言った。
僕の病気を心配して、妻から相談された長男が彼に相談したのだという。

僕の親友で信頼できるのは彼しかいないことを妻も長男も知っていた。
「心療内科行ったら、なんでも鬱にされるんや。しっかりせんかい。」て励ましてくれた。

その一年後に癌が見つかった。
彼とは高校の同級生だった。それ以来、いろいろのことを彼から教わった。

僕の前をいつも走っていたような気がする。
休むことなく、全力で駆け抜けたような男だった。

今はもう安らかに眠ってほしい。
君が残した大勢の若者達はきっと君の意思をついで立派に活躍するよ。

最後に、ありがとう。