数学教師の書斎

自分が一番落ち着く時間、それは書斎の椅子に座って、机に向かう一時です。

数学は科学の女王・・・(2)

2024-07-01 12:59:56 | 数学 教育
 吉永氏の

の本の左の方が最初に書かれた本ですが、こちらの方が勢いがあり、熱意が読み手まで伝わって来そうな感じですが、同氏や私の在学中には広中平祐先生がアメリカから日本の京大に戻って来られた時期で、フィールズ賞と文化勲章を同時に受賞されて、その若々しい姿が印象的でした。文化勲章の受章者では最も若い年齢の受章者ではないでしょうか。私は直接広中先生から講義等は受けていませんが、日本の若者にセンセーショナルな印象を与えたと思います。また、当時ミノルタカメラ(今はソニーに吸収された)のテレビコマーシャルに出ておられたと記憶しています。数学者がテレビコマーシャルに出るなんて、それ以前もそれ以降もお目にかかっていません。1970年代の後半とはそんな時代でもあったのです。広中先生は京大の大学院生の時に、世界的な数学者のザリスキーが京都に来られた際に、ハーバード大に来るようにと誘われたようです。ザリスキーに関しては、

がありますが、その監訳者が広中先生で、巻頭に監訳者のことばとして、ザリスキーの生い立ちが紹介されています。ザリスキーは今のベラルーシの生まれで、その後、故国を追われるようにして、イタリアに逃れます。それはザリスキー自身がユダヤ人であったことからで、その後も、ムッソリーニ政権とナチスのヒットラーの影響から、またイタリアから逃れ、アメリカにやってきて、ハーバード大学の教授として安住の地にたどり着いたというのですが、ユダヤ人としては、初めてのハーバード大学の教授だそうです。その愛弟子の広中氏を始め、マンフォード、更にはグロタンディエクなど次々と彼の弟子からフィールズ賞受賞者が出ています。
 この「ザリスキーの生涯」の内容は、その日本語訳も滑らかで読みやすく、数学者だけでなく、英文学者も翻訳に携わっている関係で、ぎこちなさがなく、読みやすくなっています。はやり、数学的な内容も含まれていても、数学者だけでの翻訳は、日本語としての滑らかさ等を考えると、このように語学の専門家が協力することで、更に読みやすくなると思います。
 同じような数学者の伝記として、読みやすく、したがって感動さえ覚えた本として
があります。これは20世紀の世界的な数学者であるアンドレ・ヴェイユの伝記ですが、原本はフランス語ですが、この日本語訳が素晴らしく、時間をかけて翻訳されたことが伝わって来ます。フェルマーの最終定理の証明に貢献した、「志村・谷山予想」とかかわりのあるヴェイユの生き様には、同じユダヤ人として苦労したザリスキー以上の苦悩の人生が伝わって来ますが、妹の哲学者シモン・ヴェイユの方が文系の人には馴染みがあるかもしれませんが、そのシモン・ヴェイユにしても、兄のアンドレの天才ぶりに劣等感を憶えたという。フランスではパスカル以来の天才として、飛び級を重ねて大学に入学して数学者として羽ばたいていく兄の姿は、妹としては苦しい自己嫌悪にも近い思いを抱いていたのでしょう。ユダヤ人として収容所送りになる直前に脱出して故郷を離れ、最終的にはアメリカという安住の地に辿り着くのでした。そんなアンドレ・ヴェイユは、1955年に日本の日光で行われた、戦後最初のの国際会議で、日本の若手の数学者の谷山豊が提出し、その後、志村五郎が定式化した「谷山・志村予想」を目の当たりにして、その後の日本人数学者が世界に羽ばたいていく中で、その指導的役割を果たすのでした。これまでも、志村五郎の本に関しては、紹介してきましたので、過去のブログを紐解いてみてください。
 一方、数学者が翻訳した数学者の伝記では、
等は読みやすく、おすすめですが、他にも、
等も数学関連の読み物としては、惹きつけるものがあります。読みにくかった本として、その日本語訳がですが、
の日本語訳の本
は、私には読みにくく、もう少し時間を掛けて、訳してほしいと感じました。せっかく日本語訳するのですから、直訳ではない、滑らかな日本語訳を期待します。尤も、そんな時こそ、原本を読むチャンスかもしれませんね。この原本の、日本人数学者の高木貞治の記述に関しては、ある日本人数学者が以前書いた文章の英語訳ではないかと思われるので、その文章のコピーを日本語訳者にお渡ししましたが、その後、何の返事もなく、どうだったのかな。
 名著といわれるものは、その翻訳もいい加減では済まされないと思われるし、逆に日本語訳が素晴らしくて、原本の価値も高まると思われます。そういう視点で数学史や数学者の伝記を読むのも面白いかもしれません。また、読み返してみることで、再発見をすることもあり、初読から時間をおいて読み返してみると、当時は数学的な素養が無くて理解できなかったところが、新たに理解できる喜びもまた楽しからずやかな。