お先に下山します☆彡

目指せ!エンディングノート(*^^)v

タイ王国

2021-04-10 00:39:17 | 海外

2度目のタイ。メモ代わりにup。タイは同じ仏教国、生活スタイルも親和性があって過ごしやすい。

1度目は南部のプーケットでキングスカップ参戦(世界から100チーム2000人が参加するヨットレースの国王杯)。今回はご近所仲間と普通にバケーション&レース海面の下見。選んだ場所は誰でも知ってるパタヤリゾート。

物価も安く欧米やロシア人の老後の居住地としても人気があり、日本からも不動産投資をはじめ逃避先ビジネスが右肩上がりなところ。業界通な仲間のお誘いを受けあれこれ下見も混ぜた旅となった。

今回はスワンナプーム国際空港を利用。パタヤまでは友人の大型ワゴンを利用しノンストップ。癖なのか、途中の自然を見ると土着民の生活や時代の変遷が増々立体的になり興味をそそる。

パタヤジョムティエンビーチの宿に到着。仲間のアレンジでスイートを含めた良い部屋が確保できた。

旅の醍醐味は定番観光めぐりよりシナリオのないハプニング。悪い奴ほど鼻が利き、絶妙な安全限界をスマートに泳ぐ。旅ガイドは無視、みんなヤバイことや規格外が大好きなのだ。

日本人は面白い、地味ーーな人とそうじゃない人の差がでかい。困るのは同行者に地味ーーがいると実に苦しい旅となる。さらに厄介なことに地味なやつほど口数が多かったりする。これが上司だったり無視できない友人だったりすると面倒見るのが大変で大変で。連発する狭い和風ネタに反応してあげないといけない。和を乱すのは海外でもご法度なのだ。一つの話題に延々と拘ったり、マイワールドな起承転結話しが終わるまで解放してくれないのだ。もー私の中では無神経の悪党に近い。

地味zさんたちのキャラは極度な相互依存、同調文化の産物、とにかく他人の目が気になるライフスタイルだ。地味ブランド社の物差しをいつももっている。そんな方々を見ると、大海原のせまーーい岩陰でビクビク泳ぐゴンズイ玉に見えてしょーがないw。逆にスリルこそ生き甲斐なエクストリームな連中は実に付き合いやすい。お前がやらなくても俺はやるからよー、で一発完了する。無駄な同調は悪。つまらん話は放置、隣で勝手な話題を始める。和して同ぜず他人に依存しない大人のフェアーな関係である。

地味zさんも一応大人。面倒みなくてもなんとかするだろうと、1日別行動にすると、、なんと彼らはいろいろ言い訳作って一日ホテルにこもってたりするw。出歩ったとしてもモールあたりが限界プレイ。。スリラーzが帰ってくると、まるで待たせた乳飲み子のような目で寄ってくる。そして、狭い一日の地味な話が炸裂するのだ。

なら旅行連れてくなよってわけだが、大事な仲間程、新世界を見させてあげたい、蛸壺から解放してあげたいという愛なんだ。

最初から愚痴言いすぎたm(__)m。。このブログ、地味ーちゃんは見てないはずなんで、好き勝手書くのだ。w

さて、ジョムティエンビーチのベースはここにした、

上のほーを押さえてくれたのでパタヤが全望できて良かった。バルコニーが低く酔っぱらうとダイブ簡単。プールもビジター用と宿泊者用があってほぼ貸し切りできた。目前がビーチ、朝はフレッシュな若者たち、夜は名物LB(レディボーイ)であふれる。タイのジェンダー感は世界最先端、性別が200くらいあるのだそうだ。後に日本でもお世話したLBさんたちはこちら(ちょっと大人系につき倉庫にロックしました)、

ー 誤解を呼びそうなので自主規制 別ネタで貼ろう ー 新宿、赤坂でビザ限2週間頑張って本国で家が建つw

今回男4人で行ったが現地に着くと、香港で豪遊中の日本人女性がそっちいってもいーー?となり翌日、急遽姫2人が合流することになった。我々庶民とは別世界のセレブたち。まあ、くるならこい。面倒はみねーぞと。

だが、真摯な4人はボディガードがてらちゃんと観光にお付き合い、昼から夜まで分厚くもてなした(もちろん割り勘)。彼女たちも海外遊び慣れてて、日本人特有の依存やネチネチ感が全く無くとてもらくちん。

 

 

夜も深くなり、殿方はどうぞお好きにと大人な配慮を頂きクールに分かれる。姫様たちはきっと現地のイケメン狩りだ。

ハプニングを求め有名どころや穴場を攻める。裏道こそ宝あり。人相の悪さが幸いし街の輩は寄ってこない。パタヤは世界中の人でいっぱいだ。東南アジアいろいろ行くが、ここほど欧米含め各国の顔を見る場所はない。白人が多い、若者から余生を送る老人までレンジも広い。

夜の活動は我々の清潔が誤解されるので省略。

昼間はビアバーで飲んだくれ、夕刻はナイトマーケットで飲んだくれる、同行仲間だけで遊ぶのは避け、地元民との触れ合いをなるべく多く持つ。でもやはり飽きる。なので今回は私の提案で皆から一日頂き、大型ヨットでガルフを回ろうとなった。観光ガイドによくある日本人向けマリンアクティビティは、ジェットスキーやビーチ目前のラン島ツアー。でもこれただのカモプレイ。島はイモ洗い、ジェットはみんな悪徳業者、後付けでイチャモン付けて暴利を稼ぐのが日常。。現地のヨット仲間に連絡し、ほんならこれ使えってなったのが、タイ国最大オーシャンマリーナにある大型ヨットクルーズ。日本のガイドにはほとんどない。パタヤ散策中に現地オフィスを直接訪問し交渉、窓口のブロンド美女が豪州シドニーから来てると言うので、おら昔ABC(シドニーにあるあっちのNHK)で制作手伝ったよってゆーとOh Reallyで即仲良し、あれこれ無理を聞いてもらった。

使う船は、72ft(約20m)のカタマラン新艇。日本ではでかすぎてお目にかかれない。ここOcean Maninaにはこのクラスの船がゴロゴロある。90人乗りだけど安いので6人で貸し切ろうと思ったが、既に他の予約があり、無理の無理は利かなかったw。飲食+各種アクティビティ+島めぐり、全部含めて6000円程。1日楽しめるので格安だ。

同乗者は、北欧人が多く、一部マレー系裕福層、日本人はいないので清々しい。中国人はまとめて別の船に隔離していた。Good job :)

 

10マイルほど沖出しして船上BBQ、その後島めぐりでシュノーケリングや釣り、モンキーアイランドで餌付けなどを楽しむ。カタマランは1Fが多目的スペース、2Fのフライブリッジが大きく開け、操船もここで行う。ヨットマンでビルフィッシャーでもある自分としてはほっとけない。すぐ操船したくなる。操船は若い坊やがやっていた。聞くと豪州ブリスベンから来てバイトでやってるというSteeve君19歳。ほんでまた出た昔ばなし、なんだよおいらRismore(ブリスベンの近所)でプータロしてたで、話が弾み、おら船得意なんよ操船させろって迫ると、、Okay、ボスには内緒だ、と言われラットを握り乗っ取り成功しました。Steeveと身の上話しながら操船、はっきりいって普通のヨットより楽勝。純粋なナイスガイだった。海好き独特の瞳深くに無限の彼方を見る素直な目、青春ど真ん中、おいらにもこんな眼差しの時代があったんだな。。オージーの子供の夏休みは宿題も登校日もゼロ、6週間~2か月完全フリー、バイトか親と一緒のロングバケーションがスタイル。幼少期に世界の広さを実感するので、義務教育や高校が終わると、国外へ一人で飛び出し自分探しをする若者がとても多い。無一文で世界を体験し豊かな大人になって行く。日本みたいに若いころから偏見で固まったり、卒業旅行などで世界を汚染することはない。ジーザス系民族は己の存在について答えを求めるが、我らが倭国人は神様に任せて好き勝手遊びほうけるのである。

カタマランは船首に6畳ほどのネットが2つあり、トランポリンとして使ったり、直下に泳ぐイルカを見たりする。空いていたのでバク宙ダイブ。各国お客さんにちょっとだけ受けた。

マリーナへの帰路は、面白いイベントがある。別ルートから海上で合流する同型船が横を並走し、両艇ともフライブリッジにお客さん全員が集結、爆音音楽と共にダンス合戦が始まる。あっちの船のダンスパワーに負けぬようこっちの船も踊り狂う。元気で派手なほーが勝ち。ダンス版集団ラップ合戦だ。でかい船だからできること。初見な外国人同士が自然とシンクロして大騒ぎ。このノリは日本には無い。とても楽しい体験だった。

マリーナに戻りみんな満足顔。企画してよかった!(^^)! 次回は貸し切りでプライベートクルーズにする。

タイのヨットレースは、プーケットで開催の国王杯と、ここで開催されるTop of the Gulf Regattaが2大レース。世界中から参戦があり、自国タイは海軍のチームまで本気でエントリーする。友人は優勝経験あるが自分は未だ。もう年齢的にヤバイ。。ヨットは自分の愛艇の縁起を大事にする。その一つがマスコットガール。古代欧州で女神や天使のフィギアヘッドを船首に取り付け守り神にした流れをくむ。人選を誤ると魔除けのつもりが逆に災いを呼ぶだけの疫病神もいらっしゃる、クワバラクワバラ。船の寿命は数十年、その間に友人だったり偶然の出会いだったりでご担当いただく。実際この子が来るといつも成績が良い、神風が吹く、など縁起があるのだ。士気も上がる。どんな遊びでもスパイスは重要だ。カジキの国際大会などでは開催地のそれぞれのお店が各チームの応援に回り大会を立体的に楽んだりする。大会の種を問わず幅広く交流を深める仕組みと自由度が今時の活性化セオリーなのだ。で、うちのチームのタイ国守護神はこちら、みんな純正、LBではないw。

こちらは新人。とってもお利巧で礼儀正しい親思いの良い子です。

ほぼ親子、、顔のサイズ差尋常ではないw

くれぐれも誤解無きよう。。Covid-19いつまで続く、、。

友人のGoProビデオ。プライバシー多くあちこち削った。すまん。

 


フィリピン(英霊を訪ねて)

2021-03-24 13:20:57 | 海外

covid-19前までは頻繁に海外へ出かけていた。仕事だったり遊びだったり。これはcovid-19前、フィリピンの旧日本軍基地であるマバラカット飛行場跡を訪ね、当時最初に編成された神風特別攻撃隊の現場慰霊訪問の記録です。

最初に、小生は戦争ヲタだったり右や左でもありません。義務教育だけで出来上がった標準的なただの無知です。

マバラカットは首都マニラの北、フィリピンの副都心化計画の進むクラーク地区にある。中心部にAngeles(エンジェルじゃなくアンヘレスと読む)という歓楽街がありその向きの観光客しか来ないような地域です。たまたまここで仕事の国際会議があり滞在の途中行ってみました。隣は有名なスービックでピナツボ火山噴火で埋まるまでは米軍基地がありベトナム戦争時代は米空軍の最大拠点でした。映画Officer and Gentlemanの舞台にもなったところです。今クラーク空港は日本直行便が撤退し、韓国便が就航、深夜になると韓国からのゴルフ客であふれます。

旧日本軍はこのクラーク全域に基地を展開、マバラカット飛行場は西飛行場と東飛行場があり南進の重要拠点として広大な面積を有しシンガポール一国より大きかったそうです。

そしてここは、あの神風特別攻撃隊が初めて編成され、敷島隊の一番機が飛び立ったところです。以降常態化、本土防衛と称し鹿児島の知覧や鹿屋と続いて行きました。

↓当時の記録映像 マバラカット飛行場から出撃前の敷島隊。youtubeに動画多数あり。

 

現地を訪れ一番驚いたのは、私たちが日本の教育で刷り込まれた歴史感と、現場の真実のギャップでした。私のように無知な人たちは、特攻はただ犬死だ、人間の尊厳を捨てた最低の狂乱だ、的位置づけになっているかと思いますが、現地を見て人と触れ合い、その評価やそこに残された真実を知るにつけ、日本での捉え方には巨大な偏向とミスリードがあると思うようになりました。

会議の空き日、タクシーをチャーターしホテルから5Km程の距離、旧日本軍マバラカット西飛行場跡に向かいました。今はブッシュに囲まれた平穏な場所。ゲートには小銃を構えた守衛がいて現地政府の許可がないとパスできない。(許可はフィリピン外務省近くの空港警察事務所で取れる(Department of Foreign Affairs, Clark free port zone))事前許可を取らす行ったため、ゲートで押し問答数十分、守衛は当局にチクるし、袖の下も効かないし、現地人ドライバーを味方に熱弁するも氷の鉄人。拘束の危機すら感じる始末。。いろいろ画策、自分も政府系の仕事だったので査証と日の丸付ID見せたら突然軟化、最後の一押し、俺のじーちゃんはここで死んだんだ!入れろ!30分で戻る。。これが効いた、守衛は情けに弱かった。(じーちゃんはここでなくレイテで逝った)

荒れた泥道を進み現場につくと、一面草むら、そこに現地フィリピン人の方が立てた慰霊サイトがあった。すぐ裏はライフル射撃場で射撃音が鳴りやまない。タクシーもちょっとビビってる。サイトを掃除し供物を置き、弔意の合掌、深く頭を下げた。

周囲の風景は当時が伺える丘、小川、遠くの山、、記録映像にある敷島隊が出撃前、大西中将と最後の水盃を交わした場所だ。(大西中将は軍令とはいうものの特攻4000名の起点となった自分に深く悩み、後に必ず君たちのもとへ行くと約束、玉音放送後、詫びの遺書を残し渋谷南平台の官舎で割腹自決、若者たちの痛みはこの比でないと介錯無しを選び15時間苦しんで亡くなったという)。まさにその真上に立っている自分。映像からは彼らの人間性もかいま取れる。その表情は志など寸分も見れず、あきれるほどの自然体に見える。数時間後には命を落とすのに。覚悟とはそういうものなのか。。同じ場所に立ち同じ空気を吸い同じ風景を見て、彼らの想いを全神経で受けとめようと集中した。しかし、空しくもなんの変化も感じなかった。

記録によれば、特攻初日は戦果がなく、数日後、レイテ沖に米空母と護衛群を見つけ関大尉以下5機が突入、撃沈、大破させたのが最初の戦果だそうだ。その数日間、連日出撃し生死の狭間を行き来した彼らの心境、それを支えたものは何なんだろう。現地には特攻兵を家族のように扱い、出撃を止めるよう説得したり涙で送り出した現地フィリピン人の記録も多く残っている。関大尉が23歳、19歳も3人、若さが更に残酷だ。

西飛行場を後にするとき、なぜかゲートの守衛にバリバリの敬礼をされた。入るときと態度が一変、、何があったかは分からない。

次に東飛行場へ向かった。典型的な田舎町マバラカットの中心街を抜けるため大渋滞、3kmに1時間かかった。現場に着くと同じく現地の方が建立した特攻兵を模擬したモニュメントがあった。ここは町中でだれでもこれる場所。道際に車を止め、礼をしていると、現地の小学生らしき子供たち数人通りかかり、自分と一緒になって手を合わせる。ジャパン?と聞かれ、そうだ、と答えると、日本語でアリガトウと言われ去って行った。チップ頂戴ではなかった。。なんか違う、、想定と違う。

守衛の態度一変、子供たちの行為、この変な違和感。何かあるぞと思いドライバーのおっちゃんににあれこれ聞いてみた。。おっちゃんが言うには、現地では学校で感謝の教育が行われているとのこと。学校に通えなかった人は当時を知る語り部から聞いてるとのこと。戦争には様々な負の側面もあるが、我々は日本人の精神性に感謝せざるを得ない。と言う。兵隊さんと現地家族との触れ合いや、教科書の内容まで嵐のようにしゃべられ、日本では聞いたことのない話ばかりだった。恨み辛みで一杯だろうと思っていた彼らの心は、ニュートラルで深遠で人の良し悪しを明快に整理していた。

個々の話は偏見や誤解を招きそうなので記さない。それだけ日本国内の刷り込み情報と現地での受け取られ方のギャップは大きい。正反対に近い。彼らは、民族や宗教感を超え、何かのために人が命を捨てることの本当の尊さと悲しさを、当事国の日本より遥かに理解し感謝し伝えていた。

ASEAN各国が集まる会議で、日本団に対する各国の眼差しは他国と違う。経済の優等生ということではなく、過去の真実が生む人間性に対する素直なマインドの現れなんだと思う。我々は先人たちが築いたそんな無形財産を大多数が忘れ去り或は自己削除したことを、逆に気づかされる滑稽な民となってしまったようだ。

ドライバーのおっちゃんが大きな声で言っていた。この国はスペインに300年間占領された。次は米国に50年間占領された。次は日本に4年間占領された。でもただ一国、公式に謝罪しに来てくれた国がある。それはたった4年のあんたの国だ。おれらは学校で習うんだよ。

ホテルに戻り、近所に見つけた日本人経営のダイニングへ、バイトのお嬢さんは現地の女子大生、仕事が少なくここまで2時間かけて通うそうだ。今日の話をしてみた。おっちゃんからアレコレ聞いた話もしてみた。すると、そーね、みんなが知ってることよ♪と笑顔で平然と言われた。私の驚く表情に逆に彼女が驚いていた。

翌朝、ホテルロビーはミスなんちゃらコンテスト参加者であふれていた。黒のスタッフから撮影はやめてくれと制され、こっちは情け無用だった。。平和に乾杯!

ここだけでなく、ODA絡みでフィリピン各地を廻るにつけ、あちこちで歴史の時間を感じることになる。レイテのタクロバンにも何度も通った(仕事)。おじーちゃんが戦死した場所。山間部には塹壕や激戦の爪痕がまだ残る。生前おばーちゃんが見せてくれた遺族に配られる小さな勲章と戦死報告には、補給が途絶え餓死とあった。ここはマッカーサーがI Shall returneで帰還した場所でもあり連合国の正義を示す象徴的な場所となった。上陸地のMacArthur Landing Memorial Parkには戦勝国側の国旗と共に立派なブロンズ像がある。

戦勝国のプロパガンダをすり込む場所で戦没者を偲ぶ場所ではない。芝生の隅にだれが置くのか小さな日の丸があった。その正面に立つ。時を超えても心の複雑さは消えない。独立記念日(米国支配からの)に見た街を挙げたパレードは、プライド回復の象徴だけではなく、何に対してなのか、優しく分厚く、素晴らしく綺麗で感謝にあふれていた。。多くの命が失われた歴史の不幸に引きずられず、力の支配やどちらが正しいなども無関係、民族の魂を失わないことこそが不滅の勝利のように見えた。

日本はフィリピンにとってダントツの支援国。米国が基地と共にお金も撤退し、今は中国の札束外交が強烈にせまる。米国や中国は金を出して口も出す、日本は金を出して人を出す、韓国は何も出さず旗を出す。口は政府を動かすが、人は両国末端が動くだけ。そして旗出すだけは他国の成果横取りのただのコソ泥。現場ではそんな国色の違いが際だつ。ガラパゴスな日本の道徳は無力。外交下手のお家芸は健在だ。そーやって、我々の税金がこの国にすでに3兆円以上消化された。引退した安部ちゃんは更に2兆円を約束してしまった。インドには6兆円を超えている。円借款の一部は戻るもののコスパの悪さは現場で明白だ。民間ロビーイスト達は名ばかりの交流団体を立上げ政治家を張り付けたイベントを乱発、悪徳win-winで国旗を免罪符に巨額が流れる。支援国と受益国、当事国の面子さえ立てば公的詐欺も正義であり予定調和なのだ。表は玉虫、中身はハッタリ、事故案件の回収作業も経験した。が、戻るわけがない。首謀者は外貨稼ぎの成果が認められ受益国の政治家になる。どの国も同じ、本物の大金泥棒は治外法権に逃げるのだ。現場に投入される日本人専門家は実に優秀でモチベーションも高い。ゆえに悲しい。善意のロスは政策でカバーしないといつまでたってもピエロの自己満足で終わる。

最近思う、豊かさとはなんだと。経済的貧困と精神的貧困、笑顔のある貧困と無い貧困、ASEANの多くは貧しい層にも笑顔があふれる。。モノや金は失っても戻る、だが、失う心は戻らない。。自傷教育と能天気な散財の不幸大国、両失超特急、救われるべきは間違いなくこの国ニッポンなのだ。