地元で御朱印を頂くプチ旅パート6です。
今日のお供は平べったいぶたたです。
12/4は福岡市民の憩いの場、西公園の高台に鎮座する
光雲神社(てるもじんじゃ)と立帰神社(たちかえりじんじゃ)
光雲神社をてるもと読める人はまずいないのではないかな。
光雲神社→こううん→幸運
と読むことが出来ることから「幸運を授けてくれる神社」と言われています。
遙か向こうに神社がみえてきた。
52段の階段を登ります。
光雲神社 福岡市中央区西公園
光雲神社には福岡藩祖・黒田如水と福岡藩初代藩主・長政が祀られています。
神社の名前は、如水(龍光院殿)長政(興雲院殿)という法名から一字ずつ
取って名付けられました。
私の影・・丸写り。
サプラーーイズ! お賽銭を入れると鶴の鳴き声が聴こえます。
その一声に託してあなたの幸運が開けます様に。
なんでも、1円玉では啼かないそうです。
天井の二羽の鶴。
堅盤神社
黒田重隆公・職隆公・忠之公・阿津姫を祀る
中司孫太郎稲荷神社
商売繁盛のお稲荷さん
荒津神社
神武天皇・大物主神・金毘羅神を祀る
光雲神社を少し下ると「立帰神社」が鎮座します。
立帰神社(たちかえりじんじゃ)
原道真手作りの尊像をご神体とし元来、筑紫野市の武蔵寺(ぶぞうじ)
の境内に祭られていたが、元禄年間(1688-1703)に荒津山(現西公園)の麓の
源光院へ移された。明治20年に現在地に移転。
島原の乱のときに、源光院で祈願し出陣した黒田家の武士達が無事に凱旋したことから、
無事に立ち帰る、日本で唯一の立帰天満宮としての信仰が始まったといわれている。
平野次郎國臣像
福岡で数少ない代表的な勤皇の志士。福岡藩を脱藩し尊皇倒幕運動を行い、島津久光に薩摩で認められる。
1862年上洛する久光を擁して義挙しようと福岡藩主黒田長溥(鹿児島藩主島津重豪の9男)を
説得するが投獄され出獄後、禁門の変で処刑された。
御朱印頂きました。
立帰神社のご朱印は光雲神社で頂けます。
光雲神社の宮司さんご夫婦とお話しすると幸せになれますよ。
ご年配のご夫婦なのですが、優しくてつい色んな事お話しました。
また、お詣りしたいと思います。
西公園のお向かいの大濠公園へ
周囲がほぼ2km。ジョギング、ウオーキングのコースとして親しまれてます。
巨大な鯉がいます。
今日の歩数は15,390歩
今日もよく歩いた。
今年はこれでお詣り納めかな。
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