テツさん

サラサラヘアーのイケメンテツさん。
その評判はすこぶる悪い。
し・か・し
テツさんの周りにはよく人がくる。
これはいったいどういうことだ？
部下からの評判も、アタシの所属する会社からの評判もけして良くないのに、どうして業者やテツさんの会社の人たちは寄ってくるのだろうか。
そして何より、アタシ自身がテツさんを悪く思っていない。
むしろイイ人である。本当に。

アタシはテツさんがナオさんを追い詰め休職に追い込んだと思っている。
でもテツさんはその自覚がほとんどない。
テツさんを知る人は
とにかく短気ですぐにカッとなる。相手が女でもお構いなしに怒鳴る。そして泣かせる。
相手が男だったらそれこそ２時間３時間の説教は当たり前。
テツさんの下で働いてた女の子は、みんな泣きながら「もうテツさんと一緒に仕事したくない。堪えられない」と言って辞めていった。

テツさんと二人でいる時、こう言われたことがある。
「俺のこと、恐いって言われなかった？」
えぇ、言われましたとも。
１０人中１０人が恐いって言ってます。
でもそんなこと口が裂けても言えないから、はぐらかした。
「俺、女の子には怒ったりしたことないから」
テツさんは言った。
ん？
怒ったことがない？
周りの評判と、テツさん自身が言っていることが１８０度違う。
確かにアタシに対しては怒ったこともないしいつも笑顔だ。
朝一番の顔は機嫌悪いの？って毎日思っちゃうけど。
事務所に入るとまずは無表情で缶コーヒーを飲みながらタバコを吸う。
この瞬間が一番恐い。
でも実際カレはまったく機嫌が悪くない。
それは口を開いた時に分かる。

テツさんは四六時中しゃべってる。
イイ年して一日中話しかけてくる。
どうやらＢ型という血液型上、沈黙に耐えられないらしい。
前の会社だったらありえない。口より手を動かせって絶対に怒られる。
とにかくテツさんはそのくらいおしゃべり好きだ。
アタシの１０コ上だけど、その割りに若い。
たまに年の差感じることもあるけど。
テツさんは残業中でもしゃべるしゃべる。
その手は完全にストップしていて仕事は全然進んでいない。
気が付くと時間は夜の９時１０時・・・・。
新人がそんな時間まで残業ってどんだけ。
アタシの仕事場は駐車場から歩いて１０分くらいかかってしまう。
だからテツさんは駐車場まで車で送ってくれる。
そしてカレはまた一人事務所へ戻り、１１時１２時まで仕事をするのだ。

テツさんがアタシに言ったことは、アタシしか知らない。
他の社員にテツさんが女性に優しいということを言うと、社員は目をひんむいて「本当にそんなこと言ったのか？ありえない」と言っていた。
その社員は女性社員から泣きながらテツさんの相談を受けたこともある人なので、テツさんの本当の姿も知っているし、実際テツさんが女の子に怒鳴っているのも目撃している。
ということで、どっちがテツさん本来の姿なのかは分かったきた。
だけどテツさんはアタシにそんなことを言うのは、アタシがテツさんのことを何も知らないからだろうか。
真っ白な状態に自分の良い姿を刷り込もうとしているのだろうか。
とても打算的で計算深いテツさんにゾッとしてしまった。

テツさんは夜になると、冗談を言うのも少なくなり、自分の会社の理想像をアタシによく語りだす。
その口調はとても静かで、普段のコミカルなカレの印象は見受けられない。
テツさんはアタシが入社してからいろいろ変わったと言っていた。
社内の雰囲気も、彼自身も。
腐りきった会社にアタシという新しい風が入ってきたことによって、この会社は生まれ変わるとかなんとか。
そしてカレには野望があり、その手助けをして欲しいとアタシに言ってきた。
それはアタシだから頼み、アタシだからこそ出来る仕事だと。
「この会社に入ったことを後悔はさせませんよ」
カレは自信たっぷりにそう言うんだ。
でもアタシはその話を聞いて以来、プレッシャーで身体を壊してしまった。