追悼とは死者の魂と向き合うことであろう。そのひとが詩人だったなら、残した詩や文章があり、生を証した言葉がある。追悼する者は実存の記憶や言葉を通して魂に触れる。出自や家族や生活、そして他者との関係を含んだ書物、語る者がいて語られるものがある、それが「追悼集」というものである。そしてそこに表れるのは、誰も孤絶ではなく、誰かと関係して生きていたという事実である。詩人というものは生活しながら虚無と創造を生きている。他界に在る彼の、表出した言語の闇を光に照らすこと。……なんてことを宮城松隆追悼集『薄明の中で』を読みながら思った。
この本には関わりのあった30人が書いている。比喩的にいえば書かれることで<彼>は新たに存在するようになった。
「あなたは傘をさす/わたしはそれにぶら下がる/見下ろす顔はいつも穏やかだった/わたしはどんな顔で見上げていたのだろう」(宮城隆尋「かさ」)
「今も私の中に松隆さんは生きています。失う事なんか受け入れられません。世界一好きな恋人ですから。」(宮城幸子「夫・松隆」)
こういう身近な家族の言葉は直截に胸に響く。垣根の向こうの、知られざる∧彼∨についての語りが、読者には新鮮なのである。中里友豪が「君の誠実な対話を忘れない/詩を愛する姿を忘れない」(マタヤー)と書くように、彼は他人に感想をマメに送る誠実なひとだった。
平敷武蕉や西銘郁和を中心に形となった、この本、ただの追悼集ではなく∧論∨を展開する文章が多く入っているのが特徴だ。なかでも秀逸なのは新城兵一の「宮城松隆序論」だ。処女詩集『島幻想』に関した論だが論者の熱意、傾注、展開がある。深読みと思わせるほど精読を試行している。一冊の詩集は「汲めども汲みつくせぬ謎を秘めている」と書く。それほどの接近、理解を試行するには、∧彼∨をしんに捉えようとする深い思いがあるからだ。生前に発表されたらもっとよかったと思う。
葛綿正一の『現代詩八つの研究』に、沖縄の言語表現を現代詩の視点の読み方をしているひとがいるという貴重な発見をした思いだ。なかに「あしみね・えいいちと仲地裕子―沖縄現代詩のための覚書」がある。著者は沖国大の教授。詩言説の知識で詩を解読し、「誤読」の方法を提示する。
例えば「余白の詩学」とか「誤読のリスクにおいて現代詩の可能性を探ろうとするのが本章の試みである。」とある。私は、そこに既成詩論からあえて逸脱した解釈による読み替えの快楽、イメージを重視する自在詩学を読みとる。書かれた作品は、読者の多様な読みに委ねられるが、「正読」を強いることはできない。読み方で世界や人間の既成イメージを変革する事もあるからだ。
仲地裕子の『ソールランドを素足の女が』は沖縄戦後詩における女性詩の記念碑的な誕生を告げるものであったが、市原千佳子の島の、おんなの、性の根源にそって宇宙をみるような方法とはちがって戯れ的である。その「ソールランド」。「仲地裕子の詩は肉声ではない。むしろ仮構された声のテクストである。私は他者だといってもよい。」(素足と筏―仲地裕子論)という指摘に沖野裕美が、たしかに「等身大」ではない、幻影城だったと応える所は面白い。
沖縄現代詩の特徴を「一、ボクの挫折。二、証言の可能性への信頼。三、友と敵の区別」とする比喩のつぶやきも示唆深い。
山入端利子詩集『ゑのち』は日常、記憶の村、自然、「おもろさうし」をモチーフに立ちあがった情景が紡がれている。詩想に言葉の技巧を意図しない。沖縄ヤンバルを出自として異郷で歳を重ね、時代とともに消え去った郷里の事物や風景への偲びをことばで掬っている。そして生活をみる眼に花を注ぎ、そこに老いのまなざしが加わった詩の抒情を作りだしている。
「しらにしゃが吹いたよ/語るも寒き一人暮らしのベランダー/鳳仙花は一つ一つの涙袋の花なれど/頬を叩かれるが如く吹かれても/何も言わず願わず悔しがらず/哀しき花の命ゆえ咲いて生きるえのだ」(白北風)
「おもろさうし」を題材に作為的に書かれた詩よりもこういう生活の目線で書かれた言葉が私には詩的な強さを与える。この情景には風と花の情感をつかむ詩境に作者の生が織り込まれている。吹いてくる風とは何か。風は単なる風を変えて作者の生きる部屋に吹いてくる感性の風となっている。そこに花があり、それをみている作者の視覚に詩が誕生するのだ。つつましい生の呼吸を歌にするのが印象的だ。
「第6回琉球大学びぶりお文学賞作品集」(小説・詩)が発行されている。
「生きるのに本当に大切なものだけもってって/生きるのが本当にむつかしいそこで/あなたとゆらゆら 退行進化 していたい」(受賞作=東恩納るり「プロテウス」)
「知っている?/声って傘の下が一番美しく聞こえるのよ。/だから私/雨の日しか声を出さないの。」(長島瑠「雨」)
未成の夢と水の戯れのような感覚、柔らかさと自在さが楽しい。詩は感受性の文学なのだ。
この賞は応募が琉大の学生のみを対象としていたが、今年の募集から県内大学生に拡大する予定という。
与那覇幹夫の『ワイドー沖縄』が小熊秀雄賞を受賞した。ブラボー!
(沖縄タイムス 2013年4月)
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