MAD DRUMS LAB. マッド ドラム ラボ

ドラム暦数十年の経験と豊富な指導実績で設立した 伝統をふまえつつ先進のドラムスクール

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HPの動画更新

2010-02-28 01:25:43 | Weblog
エド・シグペンの動画をHPにアップしました。

上の二つは1961年イタリアでのライブ。最初はミディアムテンポで“The Man I Love”
二つ目はアップテンポで3:25当りからピアノと8小節の掛け合いがある。
前述のWOWOWで放映されたものはこれとは別で「Jazz Icons」としてDVD化されている。
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中央に配置したのは91年の教則ビデオ“The Essence of Brushes”(2004年にDVD化)からブラシのみのソロ。

次は69年モントルー・ジャズ・フェスティバルでのエラの伴奏。ピアノはトミー・フラナガン。

最後は上記の同じ教則ビデオから。ロン・カーター(b)らとのアンサンブルもある。


エド・シグペン

2010-02-27 00:25:03 | Weblog

また訃報だが先月13日ジャズドラマー エド・シグペンが亡くなった。(享年79歳)
私はたまたまネットで一週間後に知ったが非常に残念だ。

Ed Thigpen(Edmund Leonard Thigpen)

最も有名なのは1959~1965年のオスカー・ピーターソン・トリオでの演奏だろう。
父親もドラマーで早くから音楽教育を受け21歳からクーティ・ウィリアムス楽団に参加。
以降バド・パウエル、ビリー・テイラー等と共演し、レイ・ブラウンと共にオスカー・ピーターソン
・トリオでステイタスを確立した。以後はエラ・フィッツジェラルドのバックを経て72年に
デンマークに移住、音楽教育者として活動。ケニー・ドリューとの演奏もある。

特にブラシ・ワークは定評があり“The Essence of Brushes”というDVDもある。

他に80年代初頭に“On Jazz Drumming”という教則ビデオを出している。

私はおそらく今は絶版になった“Talking Drums”という教則本を持っているが
当時では珍しいブラシの軌道をなぞった指導をしている。

他に“ The Sound of Brushes”“Rhythm Analysis and Co-ordination”“Rhythm Brought to Life”
といた著書がある。

去年の12月にはWOWOWで63~65年のオスカー・ピーターソン・トリオでの演奏が放映された
のでまたじっくり味わってみようと思う。

近日中にHPのMovieに彼の映像をアップします。

ジミー竹内

2010-02-08 00:05:17 | Weblog
昨年12月29日ジャズドラマー ジミー竹内氏が亡くなった。
先月半ばまで知らなかったが非常に残念だ。

私は直接お会いしたことはないが、氏には一方ならぬ恩義がある。
というのは中学時代、見よう見まねでドラムを始めた頃には、今と違ってドラムに
関する情報が少なくヤマハもまだドラム教室はやっていなかったように思う。
教則本といってもまともなものがない時代にパールが通信教育を始めた。
その指導者がジミーさんだったのだ。
全6刊の薄いテキストにソノシート(薄いセルロイド状のレコード。まだカセット
の時代ではなかった)の音源が付属したもの。
内容はさすがに懇切丁寧とはいえないが、当時の私には目から鱗の連続。
随分お世話になった。


最近は大人向けのポップス系のTV番組も地上波ではほとんどないが、1974年から
7年間 前田憲男氏が監修をしていた「サンウンド・イン・S」というショー形式の
番組があった。そのエンディングでいつも世良譲(p)トリオの一員としてドラムを
叩いておられたのが記憶に残っている。
原信夫とシャープス&フラッツなどのビッグバンドからコンポまで渡り歩き、主に
スウィング・スタイルのドラミング。また当時としては珍しくロック、ポップスの
レコーディングもありオールラウンダー。
1999年に脳梗塞で倒れリハビリで復帰するも2002年に引退を決意。プレ引退コンサート
を行う予定だったが一ヶ月前に再び脳梗塞で倒れ、本人不在の公演となる。
2009年肺炎で死亡。享年79歳。

世良譲氏も2004年胃がんから多臓器不全で亡くなった。(享年71歳)
戦後のジャズ界の大御所が次々と逝かれるのは寂しい限りだ。
私も共演させていただいた北村英治氏(クラリネット)も同じ年代だがまだまだ
お元気のようだ。

「ジミー竹内記念館」というサイトが立ち上がっているのでよければどうぞ。
http://www.oretachi.jp/jimmy/