出雲大社の拝観の後は、海側に向かって発進します。
目指すは東洋一と言われている日御碕灯台です!
16時00分 日御碕神社 到着
ただいま560キロ!
御碕神社は島根半島の西端に位置し、神の宮に素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日沈宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りしている。 素盞鳴尊の奇魂(くしみたま)と、日の神・天照大御神の和魂(にぎみたま)の御霊威をいただいた御神徳は「邪心を払い給う神」「厄除けの神」「産びの神」「縁結び、夫婦円満、家運繁栄の神」「交通安全の神」「殖産興業、安産の神」など、広く霊験あらたか、上世以来二十数回の造営すべてが勅命か、将軍命によるものであることからも、御神威の一端がうかがわれる。
現在の社殿は、日沈宮、神の宮ともに徳川三代将軍家光公の命で、日光東照宮建立の翌年、寛永十四年より幕府直轄工事として着工され、七年の歳月をかけて同二十一年の竣工で、三百六十余年を経ている。桃山時代の面影を残す精巧な権現造りで、両本殿内部の天井四壁の絵は狩野、土佐両派の画匠による豪壮な趣きのあるものである。昭和二十八年には、社殿のすべてと境内の石造建築物も含め、国指定重要文化財とされた。
(日御碕神社HPより)詳しくは・・・ココ
社伝によると、神の宮は安寧天皇の御宇、後方社殿は徳川家光により造営された権現造りで、本殿や壁画は極彩色の密画でけんらん目を奪うものがあります。
後方の隠ケ丘から遷し、日沈宮は天暦2年(948)神社前100mの日本海に浮かぶ経島にあったものを遷したということです。
日御碕神社が古代にどんな勢力をもっていたか詳らかではないが、中世末期になると京極、尼子、毛利などの諸大名によってしきりに社領安堵がなされているので、少なくともこの時期になると、信仰、経済の両面で大きな勢力をもっていたものと思われています。
神社から海側に歩いて2~3分、鳥がいっぱい飛んでいる島を発見しました!
ここは経島(ふみしま)という島です。
「経巻」を積み重ねたような柱状節理の石英角斑岩からなっており、お経の本を載せる文机のようにみえるので、その名が付いたと伝えられています。
島は、日御碕神社の神域として一般の立入りは禁止されています。
また、この島は、ウミネコの繁殖地として「国の天然記念物」に指定されています。
この日もたくさんのウミネコが住み着いていました。
16時30分 日御碕灯台 到着
ただいま563キロ!
神社の見学の次は出雲の西方、日御碕灯台です。
急いで灯台まで歩くとなんと見学(灯台のなかの見学)が16時30分まで。
少し過ぎていましたが中に入れてくれました。
一般公開(有料大人中学生以上200円、小人無料)の料金を払って見学でーす。
上まで登ることができるのでどんな眺めか楽しみ楽しみ。
日御碕の突端に立ち、日本一の灯塔の高さを誇る石造灯台です。
周辺は、大山隠岐国立公園の一部となり、日本海を臨む景勝地でとてもきれいな場所。
碕の字がつく唯一の灯台だということです。
世界灯台100選や日本の灯台50選に選ばれた日本を代表する灯台で、歴史的文化財的価値が高いため、Aランクの保存灯台となっています。
また、全国に6箇所しかない第1等フレネル式レンズ(レンズ直径2m59cm)を使用した第1等灯台です。。
1903年(明治36)4月1日に初点灯し、建設当初から日本一の灯塔の高さを誇る大型の石造洋式灯台として注目されています。
日本人の設計・施工によるもので、同県八束郡森山産の凝灰質砂岩を用い、柱状節理石英角斑岩の基盤の上に建っています。
灯塔の高さ43.65mで東洋一といわれ、平均水面から頂上まで63.30mの石積み灯台。
上部デッキからの眺め。
螺旋階段をグルグル登ってやっと到着しました。
何段あったんだろう~。
外に出てみると、きれいな景色が360度見渡せました。
しっかし風が強くて飛ばされそう
高所恐怖症の方はご注意を~
やっと1日目の観光はこれにて終わり。
たくさん見学できました。
とにかく見どころ満載です。歴史あり、景勝地あり、美しき風景ありです。
きれいな夕日を眺めながら次の日の観光場所を考え中でーす
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ma-mac
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