波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

故林美一氏(1922-99)について

2005-07-22 03:28:36 | 江戸
 林美一(よしかず)という名前を聞いて何を連想するか,時代劇の時代考証家であろうか,それとも浮世絵や草双紙の研究者だろうか.林氏の著作との最初の出会いは,残念ながら竜頭蛇尾的な形で10巻打ち止め終了になった河出書房新社刊行の叢書,『江戸戯作文庫』の第一回配本だったと思う.草双紙の各葉に加えられていた解説を通して,江戸時代,行列中の掛け声「下にー下にー」は将軍家に対してのみ使われ,それ以外の大名は「わきよれ,わきよれ」だった等のことを知ったのも当該書だった.時代劇向けの時代考証に注がれた林氏の熱意に感服し,その後同氏の本を色々読み漁り,いい加減な時代考証の時代劇に随分憤慨したものだった.今でも印象強く覚えているのが,燗徳利((今では銚子と呼ばれるようになってしまった)が登場するのは江戸末期であり,それ以前は銚釐(ちろり)を用いていた,また,江戸時代,蒲団といえば敷蒲団を意味し,江戸では今風の矩形の掛蒲団ではなく夜着あるいは掻巻が用いられていた等々. 林氏の長年に亘る注意が漸く時代劇界の常識になったのか,昨年NHKが放映した大河ドラマ「新選組!」では,飲み屋で銚釐が確り登場し,日本で撮影して(?)米国公共放送局PBSで放映された以下の江戸時代番組でも銚釐が使われていた:
 
Japan: Memoirs of a Secret Empire [もののふたちの記憶]
http://www.pbs.org/empires/japan/
 
 江戸時代,既婚の女性は鉄漿(おはぐろ)をしていたが,この習慣を今日日の時代劇で出演女優にやらせて撮影したというようなものを見たことが無い.ところが,今から30年余り前の昭和46(1971)年,林氏が時代考証を担当した番組「天皇の世紀 第一部」では鉄漿の女性が登場し,幸運にも当該番組を見る機会に恵まれた.しかしTV受信機が白黒だったので,何と無く不気味に見えたことを今でも覚えている.勿論,当時この番組の時代考証を林氏が担当したことなど知る由もなかったが.このような林氏の時代考証への熱意がいつの間にか伝染してしまい,歴史上の誤解を正す作業に強い関心を持つようになったと言えるかもしれない.因みに,先日の記入で触れた『寺子屋式 古文書手習い』の著者である吉田豊氏も,同書によると,林氏の『江戸戯作文庫』を読んで同氏に師事することになったらしい.

註:
 林氏が生涯に亘って蒐集した膨大な草双紙等の資料は,同氏の死後散逸が心配されたが,立命館大学に一括寄贈され,そのうち一部分が以下の網站で検索閲覧可能(修正なし)となっている:
 
林コレクションプロジェクト:
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/biiti/index-j.html

立命館大学 ARCデジタル書籍閲覧システム:
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/db1/syoseki/search.htm
 
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