SHAンパンでもいかが?

「最終楽章 気分はAdagio」
77歳の一人暮らし。

3度の結婚

2023-12-06 08:52:00 | 日記


✨✨✨✨

セルゲイ・ク―セヴィッキー
(1874―1951)

ユダヤ人音楽家の一家に
生まれたク―セヴィッキー。
ボリショイ劇場の
コントラバス奏者として
活躍していました。




1902年に
ボリショイ劇場で働く
バレリ―ナと結婚しますが
3年後には離婚。

すぐに彫刻家の女性と
再婚します。
彼女はロシア帝国最大の
お茶商で巨額の資産を
手にしていました。
この再婚によって
多額の資産を手にした
ク―セヴィッキーは
ベルリンに引っ越し
指揮者
アルトゥ―ル・ニキシュに
指揮を学びます。
同時に
学生オ―ケストラを雇い
自宅で指揮の勉強を
続けました。

1908年に
ベルリン・フィルハ―モニ―
管弦楽団を雇って
指揮者デビューを
果たします。(゚∀゚)

資金力を用いて
指揮者・楽譜出版者
新作の委嘱者として
モスクワやパリで大活躍。
パリ音楽界の
中心的存在
になりました。

1924年に
ボストン交響楽団の
指揮者となり
アメリカに移住します。
彼が監督を務めた
25年間に
ボストン交響楽団は
世界を代表する
オ―ケストラの一つに
なりました。
サマ―コンサ―トや
タングルウッド音楽祭の
発案をしましたが
彼の門下には
レナ―ド・バ―ンスタイン
います。



1947年に妻が亡くなると
ク―セヴィッキー財団を
設立します。
バルト―ク、
ブリデンのほか
コ―プランド
メシアンなど
多くの作曲家に
新作を依頼し
重要な作品が
生まれました。

1947年には
妻ナタリアの姪で
夫妻の秘書を努めていた
オルガと3度目の結婚を
します。

まるでスカ―レットの
男性版のようですね。



1951年に
彼が世を去ると
オルガは遺志を
引き継ぎ
その活動は今もなお
続いているのです。

のちに
ボストン交響楽団は
小澤征爾氏が
29年にわたり
音楽監督を
務められました。

タングルウッド音楽祭







 


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ク―セヴィッキー (たこちゃん)
2023-12-06 14:34:30
こんにちは。
昨夜、雨が降ったよで、濡れています。
今日はまずまずのお天気。
こたつも電気マットも、完備です。

ク―セヴィッキーって、知りませんでした。
門下生たちが有名になって、それはそれで
結構なことかもです。
3度の結婚も、妻と死別後だから、まあ、いいか。
焼け太りみたいではありますけどね。

クラークゲーブル、素敵でしたよね〜。
彼の末路は、結局、どうなったのでしょうね。
船長をしながら、どこかで没かな。
返信する
Unknown (m-sha)
2023-12-06 21:54:35
こんばんは。

コタツ登場ですか?
寒さ対策、万全ですね。

「風ともに去りぬ」の
続編の「スカ―レット」を
森瑶子氏が
翻訳されていて
読みましたが
面白くなかったので
残念ながら何も
覚えていません。

クラ―ク・ゲ―ブルは
魅力的でしたね。
初めて映画を観たのは
中1だったと思います。
それから
何回観たかしら。
レットの方が
カッコ良いのに
何故アシュレ?と
思っていました。

それでは良い夜を。
おやすみなさい!
返信する

コメントを投稿