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数の基本とは?〜数の概念を考察するという事

2021年08月14日 10時53分17秒 | 数学のお話

 「数の概念」(高木貞治著)の序文に、
 ”うちのバカ娘は理系の大学を卒業したけど、2×3=3×2が何故そうなるのか?よく分かってないようだ”とある。
 これこそが数学の抽象性を見事に言い当てた言葉だが、実は「解析の基礎」(E・ランダウ著)の中で述べられてる言葉である。
 ランダウは解析の基礎として、数の概念を根本から論理的に完璧な体系として展開しようとした。
 つまり数の概念とは、数(の概念)を解析する事に行き着くのだろうか。故に数学は、非常に抽象的なものになり得るのだ。

 事実、高木貞治氏は、時代と共に数学にはガラクタが多く発生するが、”そのガラクタを処分する行為こそが数学の抽象化である”と語っておられる。
 デデキントも自身の名著「連続性と無理数」にて、”√2√3=√6など、かつては証明された事がない”と強調し、”数学には論理的訓練が必要である”と当時の数学教育を非難した。


数の概念とはなんぞや?

 では、数とはなんぞや?という大きな壁にぶつかる事になる。
 数を語る時は、0を中心にシンメトリ(対称性)な性質を持つ整数を例に取るとわかりやすい。
 整数は正と負において無限数(列)であり、同時に環状に配列された有限集合(整数環)であるという、無限性と有限性が同一の根源から派生する。

 しかし、私達が慣れ親しんでるこの整数は、数学上の概念と同様に非常に抽象的である。
 つまり我々が知っている整数とは、数学的に定義された整数の体系から任意に取り出した、数や順序を示す”物の標識”に過ぎない。
 もっと判りやすく言えば、0,1,2,・・・という数を零,一,二,・・・と呼ぶ事に決めただけの事である。言い換えれば、物を数えたり物の順序を示す時に、整数という統一された記号があれば便利だという事だ。
 我々は時計の複雑な構造を知らなくても、時計を見ただけで現在の日時を知る事が出来る。数学の抽象性(複雑性)とはそういう事である。

 「数の概念」では、実数が古来、加法を許す順序集合として、直線上の点の集合を模型として直感を頼りに考察されたが、19世紀後半の”批判数学”を経て、実数の連続性の本質(論理的根拠)が明らかにされました。
 直線はその直線上の点の集合ではない。しかし、直線上の点の集合はその直線の1つの特徴であり、両者の間には1対1の対応が成立するから、連続性において、直線とその直線上の点の集合を差別しないのである。

 これ以上は、「数の概念」を読んで頂き理解してもらうとして、”数(の概念)には連続性と集合論が絡み合う”という事だけは、知ってても損はないでしょうか。


何故、2×3=3×2になるのか?

 2×3=3×2を”積に関する交換法則”と呼びますが、これは高校の初期の数学の授業で出てきますかね。
 私達はこういうのは当り前に思ってますが、こうした”交換法則”は実生活を見れば、大半が成り立たない事が分かります。 
 例えば野球なら、打順を変えて結果が同じになる事はまず有りえませんし、モノを盗んで怒られるのと怒られた後に盗むのでは結果は全く異なります(笑)。但し、数学の領域でも行列となれば、AB=BAが成立しないケースもありますが。

 では何故、2×3=3×2が成立するのか?
 両辺を3で割れば、2=2で当たり前やんというのは、勿論反則です(笑)。
 しかし、この当り前とされる事を証明するのが、前述した様に”数学の抽象性(複雑性)”なんですね。悪い言い方をすれば、屁理屈と言えなくもないんですが・・・(悲)

 a×b=b×a(任意の自然数a,b)である事の証明ですが、高木貞治氏の「新式算術講義」によれば、同数累加(a×bはaをb個足し加える)に基づき乗法を定義し、分配法則→結合法則を示す事で交換法則を証明できます。
 まず、乗法の定義
 ①a×1=a
 ②a×b=a+・・・+a(aをb個足し加える)の2つで表されます。
 最初に、分配法則の(b+c)×a=b×a+c×aー③を示します。左辺=(b+c)+・・・+(b+c)ですが、ここで加法の交換法則(a+b=b+a)を使い、順序を変更し、(b+c)+・・・+(b+c)=(b+・・・+b)+(c+・・・+c)=b×a+c×aとなり、③が示せます。
 ③式の項を増やした(b₁+・・・+bₙ)×a=b₁×a+・・・+bₙ×aー④ですが、これは数学的帰納法を使って示します。
 n=1は①のa×1=1×a=aより明らかです。n=kの時に成立すると仮定し、n=k+1の時を示す。
 仮定より(b₁+・・・+bₖ)×a=b₁×a+・・・+bₖ×a。
 ここで(b₁+・・・+bₖ+bₖ₊₁)×a={(b₁+・・・+bₖ)+bₖ₊₁}×a。③の分配法則より、右辺=(b₁+・・・+bₖ)×a+bₖ₊₁×a=b₁×a+・・・+bₖ×a+bₖ₊₁×a。
 故に、n=k+1の時にも成立し、④が示せた。

 次に、b₁=・・・=bₙ=1(但し、n=b)とすると、④は(1+・・・+1)×a=1×a+・・・+1×aとなる。左辺=b×a、右辺=a+・・・+a=a×1+・・・+a×1=a×b。故に、a×b=b×aが(自然数a,bで)成立する(証明終)。
 a,bが整数の場合(0や負の数を含む)は、まずa,bのどちらかが0の時、a×b=b×a=0。
 また、aが正でbが負の時は、a×(−b)=(−b)×aより、左右を入れ替えればb×a=a×bと整理できる。逆も同様である。

 因みに、途中で加法の交換法則(a+b=b+a)を使いましたが、これも数学的帰納法で簡単に証明できます。
 まず、加法の定義はm+nより、
 (ⅰ)n=1の時、m+1は明らか。
 (ⅱ)n>1の時、n=n’+1なる自然数n’が存在するので、nをn+1と置き換え、故に、m+(n+1)=(m+n)+1ー①’と定義出来る。
 まず、a+1=1+aー②’を数学的帰納法で証明する。(I)a=1の時は、1+1=2より明らか。
 (II)a=kの時、k+1=1+kが成立と仮定し、a=k+1の時、(k+1)+1=(1+k)+1=1+(k+1)。
 よって、②’が成立。
 次に、a+b=b+aー③’をbについて数学的帰納法で証明する。
 (I)b=1の時、a+1=1+aは②より明らか。
 (II)b=kの時、a+k=k+aが成立と仮定し、b=k+1の時を示す。
 ①’より、a+(k+1)=(a+k)+1。
 仮定と①’により、
 =(k+a)+1=k+(a+1)=k+(1+a)=(k+1)+aとなり、b=k+1の時が示せた。
 (I)(II)より、③’の交換法則(加法)が証明できました。但し、整数a,bでも同様です。厳密には写像を使って示す必要がありますが、ここでは省きます。
 「数の概論」では、連続性やアルキメデスの原則による交換法則の厳密なる証明が紹介されてますので、興味がある人は参考にしてください。


最後に〜洞察力を鍛えるために

 この様に、当たり前と思ってた事を証明するには、数の基本的な定義に戻り、一々解析する必要があります。
 でも何故こうした遠回りをするかと言うと、考察や洞察力を鍛える為なんですね。
 特に、洞察や考察は数学の世界だけでなく、実生活にも大きな威力を発揮します。

 昔の日本人は数(学)に強かったから、小さい島国で貧しくても、国力は中国やロシアに負けない程のレベルにあったんです。 
 しかし、ロシアを破って軍事大国になった途端、自惚れすぎて考察や洞察が弱くなり、アッサリと超大国アメリカを敵に回してしまいました。 
 当たり前の事ですが、等身大の自分を知るというのは、簡単な様でとても抽象的なんですよね。
 コロナ対策も政府や専門家の洞察や考察力が弱過ぎて、これと行った施策が打てず、オリンピックに浮かれたまま、医療崩壊を引き起こしました。

 日本がGDPで世界2位にのし上がった時、英語力もITも先進国の中で下位の方でした。
 それでも戦後、日本人が頑張ったから経済大国になれたと思ってる人が多いでしょうが。実は、数学だけはイスラエルに次いで2位でした。
 つまり、当時の日本人の企業経営者も数学に強く、品質の高い製品を効率よく作れたんでしょうか。

 ”数学は国力なり”と言われますが、洞察は人類や国華の生存戦略に不可欠な能力だとも言えますね。



6 コメント

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へぇ〜 (HooRoo)
2021-08-14 14:53:13
こんなにややこしいことするんだ
数学では当たり前って
当たり前じゃないってこと?

転んださんからしたら
私もバカ娘なのかしらん👅
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Hooさん (象が転んだ)
2021-08-14 17:10:55
乗法と加法の交換法則も数学的帰納法を使って証明しましたが、これは一番簡単なやり方です。
高木貞治氏は加法における交換法則を幾何学における合同定理や連続公理やアルキメデスの原理を使う様々なやり方で証明されてますが、一番納得行くのがアルキメデスの原理を使った背理法ですかね。
この方法だと結合法則は関係ないですから。

という事で当り前の証明にもピンキリあるという事で、頭のいいHoo嬢の理解を期待しています👅
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アルキメデスの原理とは (腹打て)
2021-08-14 18:21:48
実数の連続性(公理)により、”すべての自然数の集合Nは上に有界ではない”が示されるを言うんだけど。
自然数Nは実数Rの部分集合により有界性の議論が可能になる。そこで実数の連続性公理から0<1が導けるので”Nは下に有界”と言える。一方で、Nは無限に大きくなるから”Nは上に有界ではない”と出来る。

つまりアルキメデスの原理は、”Rが実数の連続性公理を満たす時、Nは上に有界ではない”と言えるんだな。
これは”任意の実数xに対しそれよりも大きい自然数nが存在する”命題とみなせるから、これを厳密に定式化すれば、「∀x∈R、∃n∈N、x<n」と出来る。

そこで、任意の正の実数x,yをとれば、x≠0より1/xも実数Rとなり、Rは乗法に閉じてるからy/xが存在する。アルキメデスの原理より”Nは上に有界ではない”ので、y/xはNの上界ではない。
故に、「∃n∈N、y/x<n」となり、少し整理すれば、「∀x,∀y∈R(x,y>0)、∃n∈N、y<nx」と出来る。
一般にこっちが主に紹介されてるけど、xを繰り返し足していけば、最後はyを超えるということだ。

つまりアルキメデスの原理は、”Nは上に有界ではない”⇒”あらゆる実数よりそれよりも大きい自然数が存在する”という(実数の)連続性公理に関する命題なんだよ。
転んだ君の”数の概念には連続性が絡む”とはそういうことなんだろうね。
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腹打てサン (象が転んだ)
2021-08-15 00:51:45
流石、脱帽です。
つまり、アルキメデスの原理とは実数の連続性公理に関する命題という事ですね。
有界とか上界とか下界とか、何だかお化け屋敷みたいなイメージで捉えにくかったんですが、明確に認識できたような気がします。
これも次回の記事に引用させて頂くとして、貴重なコメント有り難うです。
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連続性と集合論 (paulkuroneko)
2021-08-15 13:31:05
数の大きさで言えば
連続性が生かされ、直線(実数)も直線上の点(整数)も同一とみなすことが出来ますが。

数の個数としてみれば
連続性よりも集合論が生かされ、実数(非加算無限大)と整数(加算無限大)と異なる集合として区別できます。

転んださんも言われてるように
古来、加法を許す順序集合としての考察された実数は、カントールの集合論によりその連続性の本質が解き明かされました。

要するに数の概念とは、集合論と連続性という2つの性格を孕んだまま発展したんでしょうね。
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paulさん (象が転んだ)
2021-08-15 16:46:48
コメントとても参考になります。

元々「数の概念」は、数学の大原則とされてる公理について、完全なものであるかを今になって振り返ってみようという目的で書かれました。
公理体系は、古代ギリシャ時代の数学者ユークリッドが作り、ユークリッド幾何学の研究は大きく注目されました。

公理(命題)とは、証明しないで明らかに正しいと認められたルールです。その(ユークリッド幾何学の)命題にメスを入れたのが、ロバチェフスキーやボヤイらの新しい公理体系(非ユークリッド幾何学)でした。
そして、この混沌とした矛盾を解決したのがヒルベルトでした。彼は既存の公理に矛盾がない事を集合論を使って構築し、公理とは完全なものだと”完全性定理”を主張します。
しかし、このヒルベルトの完全性を否定したのがゲーデル(不完全性定理)でした。

ヒルベルトの弟子である高木貞治氏は、もう少し数学の基礎が簡単明瞭にならないものかと疑問を投げかけます。
ゲーデルは哲学的観点からそれを一笑しますが、正しいとされる公理を疑う姿勢はヒルベルトのライバルであったゲーデルの姿勢とよくにていますね。
ここら辺が数学の難解で摩訶不思議な所でしょうか。

コメント返しにしては大きく論点をズレましたが、これも数学の概念なんですよね。
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