象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

たかがランキングその4(更新)、AIがネットを支配する日〜臭いブログに群がる人間の本性と〜

2019年05月01日 06時09分00秒 | ブログ考

 ”GoogleROBOT”という検索マシンがある。多分殆どの皆さんもご存知だろうが。ネット上に溢れる不特定多数の単語を探し回り、有用性に重みを付け、順位付けする。この検索ロボットがアクセ数に大きく影響を及ぼす時代になった。

 しかし、この検索ロボットの知能がより進化したら、SNSを取り巻く世界も様変わりするかもしれないと思うのは、私だけだろうか。

検索ロボットの未来と言葉の重みと

 先程述べた、”有用性に重みをつける”という事だが、これこそが数学的アルゴリズムを駆使した典型のケースだろう。関数にもある種の重みがある様に、私達が何気なく使う言葉にも重みが存在し、そのシチュエーションや時代に応じてその重みが変動する。それらを人間ではなく、AIが行う時代なのだ。”いいね”をAIロボットがポチる時代。

 ”言葉には目に見えない重みがある。言葉はその意味だけでなく、言葉を放った人そのものを意味する。私達はその見えないモノを感じとる”(「言葉の重み」(作者コイコイ)から一部抜粋です)

 こんな事は言わなくても判るだろうが。しかし私達が普段書いたり、口にしたりする言葉には、何ら意味はない。重かろうが軽かろうが、説得力があろうがなかろうが、SNSの世界では露出の高さこそが全てであり、命である。

 豊富な経験や体験で自分を重く深く長く語るも、そこにあるのは主観という自分勝手な腐敗だけだ。その腐敗いや熟成が進むほどに、悲しいかな私達は、それらを説得力のある言葉として受け入れる傾向にある。何と愚かな事か。説得という言葉そのものが虚構じゃないのか。

 イチローの内安打に意味はなくとも、重さはなくとも、あれだけ打ちまくったら、メディアでの露出は半端ない。”重みのない”イチローの記録はやはり世界記録なのだ。王さんの868本の世界記録と全く同じだろう。それでも日本人には説得力のある記録には変りはないが、アメリカでは記憶に殆ど残らない記録でもある。


人工知能がランキングを決める?
 
 しかし憎き人工知能が、私達が書くブログに対し、勝手独自に重みを付け、ランキング化するとしたら。従来のポチの数やアクセ連打の数じゃなく、私達の記事がAIによって判断され、評価され、ランキングされる日が来るとしたら。

 でも俺はそれはそれで構わないと思う。結局書く事には意味はない。”マスを掻く”のが意味がないように。事実私のブログは、検索ロボットの恩恵を受けてないとは言い切れないのだ。むしろその恩恵を十二分に受けてる。検索ロボットの支えを受け、アクセ数が伸びたのも事実。

 それにどんな事を書くにせよ、何らかの悪意を抱いて書くとか、他人を中傷するとか、遊び半分で書くといった事がないとも言い切れない。いや、ひょっとしたらそういう事が目的で書いてるのかもしれない。何につけ三日坊主で終わる私でも毎日続くのかもしれない。
 

SNSは臭いものに群がる?

 所詮、綺麗事言ってもまた書いても、腐敗した脊椎動物である事には代わりはなく、虚構の世界でのみ実在するサピエンスでしかない。自分に正直に書く程に相手を侮辱する。ブログとは所詮そういうもんだろう。
   
 例えば、私の”リーマンの謎”ブログなんて数学が苦手な人には、悪意以上の何物でもなく、それこそ彼らを侮辱した記事に映るだろう。それでも私は書き続ける。世界の数学バカの為に今日も書き続ける。

 ”コールガール”ブログなんて、風俗やエロが苦手な人種にとっては、単なる侮蔑にすぎんだろう。でも女を買う憐れな人種から見れば、性を売る人種の視点から”モノ”を眺めてみたいのが本性だろう。
 事実、書いてて心地よかった。女を買うよりもずっと快感だった。寄せられたコメントも不思議と心地いいものだった。ヤッパリ書いて全くの正解だった。

 それでも、”デビ夫人は醜い”なんて平気で書く私は、悪意がないとは言い切れない。それに対する自明な反論が見いだせないのもまた事実ではある。でもヤッパリ醜いものは醜いのだ。老いに抗う生き物は、自らの本性の醜さにすら気付いてはいない。

純朴なブログとその落とし穴と

 よく女性ブロガーの中には、愛情や呼びかけ、そういう気持ちを常に持って書きました。書いた全てに対し、責任を負う覚悟で書きましたっていう人が多い。気持ちは痛いほどに理解できる。私も最初はそうだった。でもそういう記事ほど誤解され、誹謗中傷を受け、悪意のコメントでいとも簡単に潰される。

 そう、人間は完全無垢な純朴さに弱いのだ。元々強欲に塗れた腐った脊椎動物には、悪臭漂う腐ったブログがお似合いなのだ。”カッコウは腐ったブログの上に卵を産み落とす”とはよく言ったもんだ。
 ”屑肉の寄せ集め”であるAKB48が、あれほどまでに大衆の心を鷲掴みにしたのは、偶然でも驚きでもない。何度も言う私もシツコイですな(笑)。
 ”内安打と単打の寄せ集め”であるイチローの記録があれほどまでに日本列島を賑わしたのも、お情けでも偶然でもない。”されどイチロー”ブログ(全3話)も宜しくです。

 つまり私達サピエンスは、フェイクという貧相な檻の中で生きる”地球のペット”なのよ。
 
 そういう私も最初の頃の記事は、無垢なものばかりだった様に思える。”ベーブルース”にしかり”マリリンモンロー”にしかり、”野球とNY”に然り。でも純朴さだけでは人は読まない。ポチは押すが、アクセは集まるが、やはり人は読まない。人間という生き物は正直で残酷なのだ。

 つまりブログには毒がないと読んでくれない。だから私のブログには”ポチ”がない(悲)。ポチなんてカッカッカのカーだね💢。ブログには悪臭が漂う程でないと、読んではくれない。くさやの干物と同じね。

それでも書く事には意味はない

 私のどんな記事にどのブラウザにアクセが集まってるかを見るようにしてる。すると大方の傾向が判る。答えは、人間はヤッパリ正直な生き物だという事。人は臭いものに群がる様に出きてるという事。

 最後に、私が大ファンであるポール•オースターの言葉で締めくくろう。”ムーンパレス”と”幻影の書”ブログ宜しくですぞ。

 ”書く事に意味はなく、言葉は心理ではない。それは我々の世界において存在する、そのあり方である。言葉のお遊びは単に心の働きを調べる事。心が見た世界の一部を映し出すに過ぎない。同様に、世界もまた無限に錯綜した網の総体に過ぎない”

 結局、悪意であろうが誹謗中傷であろうが、SNSなんて言葉のお遊びに過ぎないという事。でもそのお遊びが度を過ぎれば、炎上し、ネットコミュニティの蚊帳の外に置かれる。

 そういう意味では”検索ロボット”という人工知能に、我らのブログを評価してもらい、精度の高い重みを付け、順位付けするというのも悪くはないか。グーグルだけでなくあらゆる高度な検索ロボットを数多く開発してもらい、その多種多様なAIが私達人間を評価する時代。安直な誹謗中傷や稚弱な悪意あるコメントをなくす為にも。SNSを健全な方向に向かわせる為にも、AIの力は今こそ必要なのだろうか。

 AIがネットをSNSを支配する日はもうすぐそこまで来てるのかもしれない。いや既に支配されてるのかもしれない。


2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
毒入りブログ (lemonwater2017)
2019-05-02 11:11:56
ホント、Googleロボットの存在がなかったらブログやってないでしょうね。最初の頃はアクセ数が一桁でしたもんね(笑)。

リーマンの謎をブログにした時、Googleロボットが動き始めたんです。確かに、Gooブロガーでリーマンに興味がある人って殆どいないですもん。ブログのテーマを見ても一目瞭然ですが。

でも最近は”牛の解体”や”大場政夫”に集中し、バランスが取れてきた様にも思いますが。

臭いブログには蓋をするなですかね(笑)。
返信する
Unknown (paulkuroneko)
2019-05-02 08:51:36
転んださんは臭いブログに卵を生むんですか。いい得て妙です。

昨今の検索エンジンは非常に優秀ですね。特にGoogle検索では、転んだサンも結構贔屓にされてますか。

多分、転んだサンのブログは殆どがGoogle経由でアクセスされてると思います。だからポチが殆どないのです。それに、Gooブロガーは殆どアクセスしてないですかね。

勿論、GooよりもGoogleの方がワールドワイドなので、色んな人が読んでると思います。

これからも毒を含んだブログを楽しみにしてます。
返信する

コメントを投稿