
群というのは実は数学の世界だけじゃなく、化学物質の仕組みや生物や植物の生態を分析するのにも使われる。
対称操作とそれが生み出す群は、物質の対称性(シンメトリー)を理解する上で、今では欠かせない道具となっている。特に、”鏡像”を作る操作は私たちの日常生活に密な関わりを持つ。
多くの化学物質は、それを鏡に映した形は同じじゃなく別のものになる。
これが人間だったら恐ろしい事ですね。鏡で見た自分の真の姿がヘビだったら、人類はすでに崩壊してますね。
専門用語で”キラル”と呼びますが、例えば、スペアミントの香りの成分は”キラル”とされます。その鏡像成分は構成する分子も結合の仕方も全く同じにも関わらず、その香りは別物です。
殆どの場合、キラルの鏡像成分は自然界には存在せず、人工的に作られるものです。
例えば、人工甘味料ですが。実はこれもキラルで、甘みは感じるけど、身体には吸収されない(「天才ガロアの発想力」より)。
ガロア群とエロい夢
”ガロアを巡る旅、その9”に寄せられたコメントにある様に、群の大きな特徴は対称性にあります。一方で、方程式の解から作る自己同型とは解の入れ替え(置換)です。この置換こそが群の構造なんですが、対称性があれば、明確な公式が存在する。しかし、5次以上の方程式でそういった群を見つける事は、難しい。
つまり、対称性が崩れるケースが存在する。そうなると明確な解の公式は存在しない。
夢と現実との繋りを群に喩えると、もしその繋がりに対称性があり、現実と夢の置換が存在すれば、エロい夢を見る明確な公式が存在する筈です。つまり、2次方程式のガロア理論と同じで、対象となる要素が少ないほどに明確なエロい夢は実現可能になる?
まさに、化学合成で作られたこの”キララ”こそが、群の対称性を崩す張本人だとしたら?
つまり、姿や形は池田エライザと全く同じでも、夢の出てくる彼女は全くの別物です。キララ同様に、鏡像としては瓜二つでも自己同型ではない。
しかし、夢の中では池田エライザとして認識し、彼女も池田エライザとして振る舞います。それに、脳で描いた想像上の彼女ではなく、等身大の彼女そのものに思えてくる。
私はエライザ嬢と会った事もないし、話した事もスケベも勿論ない。でも、夢の中で同じ様な事を体験すると、まるでエライザ嬢の隠されたもう1つの真実(鏡像)を見てる様な気がする。
事実、夢に映し出された彼女はTVやCFで見る彼女とは別モノだからだ。
そういう意味では、私の脳の中で人工的に作られた”キララ”とも言える。
見た目は池田エライザでも、たとえ夢で映し出された彼女の像が自己同型であったとしても、それは虚像という鏡像なのかもしれない。
私のペンネームの”象が転んだ”ではないが、像が転んだ結果、鏡像という名の池田エライザの偽女が夢の中に登場したとしたら?
勿論、夢に登場する有名人は、生き物としての対称性は崩れ、生命体としては不完全で儚い存在だが、もう1つの現実にしては脳が奏でるユートピアなのかもしれない。
ロングスリーパーはよく夢を見る?
典型のロングスリーパーであるアインシュタインの脳は、やはり夢を見続ける脳なのであろうか?
天才アインシュタインの独創性に富んだ大脳皮質にあるニューロン(脳神経細胞)の数も、凡人たちと殆ど変わりなかった。
しかし唯一異なってたのが、非神経細胞である”グリア細胞”の数であった。
凡人のグリア細胞の数は、平均してニューロン2つに対し1つだが、アインシュタインのグリア細胞はその2倍である事が判っている。
このグリア細胞は、頭頂葉皮質に多く存在し、そこは抽象的概念や視覚心像や複雑な思考が生起する脳領域である。
神経膠細胞(neuroglia)という名をもつグリア細胞だが、ラテン語で”神経細胞の接着剤”を意味する。
脳の全細胞の8割以上を占めるグリア細胞だが、従来はニューロンの単なる緩衝材としか見られなかった。
20世紀最高の天才の脳の解明が、”ニューロン支配説”が主流だった脳研究において、グリア細胞の存在は新たな”脳内革命”を起こしつつある。
しかし、そのアインシュタインもよく夢を見たのだろうか?事実、アインシュタインはよく瞑想をしたとされる。
夢は人類の歴史上で何度も偉大な芸術や科学的発見に貢献してきた。
事実、夢とはランダムなニューロンの動きや無意味な幻想ではなく、眠ってる間に起こる”立派な思考”である事を、今では脳科学者達も認めている。
以下、「人類の歴史を大きく変えた10の夢」を参考に、代表的な例を幾つか上げます。
人類の歴史を変えてきた夢
メアリー・シェリー著の”フランケンシュタイン”の話は、世界で最初のサイエンスフィクション小説とされますが、これも彼女が見た悪夢が元になった。
彼女は死体を蘇らせる事に思考を集中し、鮮明な悪夢を見ます。その夢には、色白の博士と大の字に広げられた男の幻影と、そして強力なエンジンと生命を示す何かがあった。
つまり、夢で見たものがそのままフランケンシュタインのコンセプトになったんですね。
1965年、ポールは「Yesterday」のメロディーを丸ごと夢の中で作曲した。その時は誰かの曲を真似してるだけだと思っていた。しかし、誰に聞いてもそんな曲は知らないという。
事実、メランコリック過ぎて英国でのシングルリリースはされなかったが、アメリカで発売され、結果、4週間連続でビルボードチャートの1位を維持する。
”量子力学の父”ニールス・ボーアは、自身が見た夢のお陰で原子の構造を発見できたと言っていた。
彼はある夜、夢の中で原子核の周りを電子が回っているのを見た。ボーアはそれが真実だと信じ込み、原子の構造を解明する事にに成功ました。
ある晩、16歳のアインシュタインは夢の中で、山の急な斜面でソリ滑りをしていた。そしてそのスピードはどんどん加速し、ついに光の速さまで達した。
その瞬間、彼から見た星の外観に変化が起こり始めたとの事。つまり、時空が歪んだんですね。
アインシュタインは目が覚めてから、この夢について何度も瞑想し、お陰で、人類史上最も有名な理論の1つである相対性理論を発明した。
その後26歳になった若き物理学者は、特殊相対性理論の完成を目前にし、夜ごと奇妙な夢に悩まされた。時間が様々に変化した異世界の夢こそが、20世紀最高の天才を作り上げたのだろうか?
20世紀の”数学の巨人”シュリニヴァーサ・ラマヌジャンは、自分の実績には自分が見る夢の影響が大きいと言った。
彼は頻繁にヒンズー教の女神ナーマッカルの夢を見てたそうで、彼女が複雑な数式を何度も何度も提示してくるという。そして彼は目が覚めてから、それらの数式を検証していった。
”夢の中で目の前に赤いスクリーンが現れ、それは流れる真っ赤な血に見えた。すると突然、手が現れ、スクリーンに文字を書き始めた。それは楕円積分の結果値であった。その数字が頭から離れず、目が覚めてから書き留めた”
オットー・レーヴィは、アセチルコリンという神経伝達物質(化学物質)を発見したドイツ人の薬理学者です。
ある晩、レーヴィは夢の中で、ついに神経伝達物質が電子的てはなく化学的だという事を証明する実験の夢を見ます。目が覚めたレーヴィは、その実験の内容をなぐり書きしたが、2度寝した為に、自分が残したメモが汚すぎて読めなかった。
どん底に堕ちたレーヴィだったが、その晩また同じ夢を見る事が出来、目が覚めると研究室に直行し、ノーベル賞を受賞する事になる実験を実証した。
以上、明晰夢.comからでした。
この様に、夢が現実となり、真実を顕にし、偉大な発見や芸術を生み出すケースは、結構ありますね。
私もいろんな夢を見ますが、”夢は現実よりも奇怪なり”とも言えます。
26歳の時のアインシュタインの脳はピークだとされます。つまり、一番脳が活発に働いてた時に、沢山の奇怪な夢を見てたんですね。
明晰夢は健康の証し?
一方でロングスリーパーほど、明晰夢を見る可能性が高いとされますが。これは睡眠時間をたっぷりとるほど、レム睡眠が増えるので、明晰夢を見るチャンスが高まると言われる。
以下、「明晰夢を見やすい人」より一部抜粋です。
実際、夢を想起する頻度と明晰夢を想起する頻度には高い相関がある事が、いくつかの調査から確認されている。
比較的煩雑に明晰夢を見る人は、約25%程らしい。逆に一度も明晰夢を見ないという人は41%程ですから、ある意味明晰夢は限られた人が見る特殊なケースなんでしょうか。
因みに、開放性が高い人ほど明晰夢を見るという実験データは、クリエイティブな芸術家タイプにロングスリーパーが多い事も関連があるとされる。
つまり、夢の創造的側面こそが自らのクリエイティブな才能を喚起し、夢から着想を得る事で、偉大な発見や作品を生み出すという事が理解できますね。
一方で、神経症傾向の高い人も明晰夢を見やすいというデータもある。
夢の記憶を固定できるという点では、明晰夢に気づくには夢の中での些細な違いを把握できる、神経質で細かい感性を持った心配症の人が多いという事でしょうか。
記憶に残りやすい点では、明晰夢と悪夢も同じで、両者の想起頻度にも正の相関がある事が報告されてる。
それに、若い人ほど明晰夢を見やすい事も指摘され、それは脳が活発に働き、明晰夢を見るレム睡眠が多いからだろうと。
更にある研究では、意志の力で夢を見続ける事や、夢の中のイベントをコントロールし、どう自分が行動すべきかの判断ができるポジティブな特徴に注目する。
結果、明晰夢を見る人は、心配性ではなく主張的で、ストレスへの対処能力やウェルビーイング(主観的幸福感)が高いといった、精神的に健康だと見なされる特徴を持つと指摘している。
明晰夢の最中に行なうリアルチェックは、現実との違いにいかに早く気が付くかがポイントですが、寝る前から夢を意識し、鮮明に夢の詳細に注目して楽しむのが良いと。
つまり、実験結果からも見られる様に、明晰夢と精神的な健康の好循環が期待できるとされる。
以上、”夢の世界の住人”からでした。
最後に〜現実を反転させた夢?
現実を反転させた”共役写像”としての夢はある意味、もう一人の自分をそのまま映し出す”恒等写像”になってます。
夢とは、夢を誘引する様なシンプルな要素を追加した拡大体と考えれば、納得もいきますね。
事実、エロい夢の舞台は結構シンプルで、登場人物もある程度決まってるし、シナリオも単純です。
まるで2次方程式のガロア理論みたいですが、でもガロアの群論が夢の世界にも応用できるとしたら?
つまり、夢と現実が”鏡像”で繋がり、その鏡像にも対称性があり、単純な要素が組み合わさる事で、エロい夢が見れるとしたら?
夢に出てくる自分は、勿論自分ではない。しかし、確かに自分が存在する。そこにリアリティがないだけの問題だろう。
結局、偉大な発見や発明と同様に、リアリティも後からついてくるものだ。
エロい夢であろうが明晰夢であろうが、精神的な健康を維持するのであれば、毎日でも見たいもんだ。
しかし夢を見る事は、周りが思ってる程に悪い事なんだろうか?
転象さんもハンドルネームを「夢が転んだ」にして、夢象さんにしたほうがよさそうですね。いずれにせよ、夢で魅力的な女優さんとドラマがあって、さらに数学的ひらめきまで得られるとすれば一挙両得ですね。
明晰夢を肯定する程に変化気分になるんですよ。昨晩も少し気持ち悪くなった程です。
確かに天才と言えば聞こえはいいですが、庶民から見れば単なる変人です。
明晰夢も同じで、夢を見ない人から見れば単なる妄想か幻想ですもんね。
そういう意味では、私よりもビコさんのほうがずっと幸せですよ。
もし、現実と夢の間に明晰夢が存在すれば、その明晰夢という鏡を通じて、現実と夢とが鏡像の関係にあるはずだ。
でも、夢とは群以上に抽象的だから、科学的に証明されるのは、もっと先かもしれないね。
覚えてるほうがおかしいくらいで、私も余程印象に残らない限り、夢なんて覚えてません。
そういうのを考えると毎晩のように夢を見てるような気がします。ただ覚えてないだけで。結局は、思考の延長上にあるだけかな。