[個人史]: 日記 思想・信条・(宗教 聖書) 終末観
※ 「個人史」を記す。
悲しい事だが、日本はもちろんのこと 昨今の国際世相を見ると、決して 明るい未来 を確信させるものではない。
日本国内で起こる子どもたちの犯罪や事件を見ても、 (走り回っていた)20数年前にはまだ若干の余裕があった。 都市部と地方で 同様事象が起こる時間には差があって 一方で対応したノウハウは過去事例として次の事例では 簡単に解決できた。
ところがその後、 急速に時間差が無くなり 同時並行的に 対応しなくてはならなくなった。
※ 「デジタル」が新しいと考える御仁は、 通信や情報 の進歩 が原因と捕らえるだろうが、 人のこころが引き起こす出来事は それほど単純なものではない。
わたしは ”見えない敵(?)が仕掛けて 一気に広まっているのだ” と考えて来た。
<聖書>
私風の回りくどい言い方をすれば、 ユダの記録(旧約聖書)に接ぎ木された 異邦人の保存による記録(新訳聖書)には、 30歳で布教を始めた イエス と弟子たちとの出来事が記されている。
その中で、
悪霊(あくれい)に取り憑かれて墓場に住んでいた人が イエスと会った時、 彼の中に居たその汚れた霊たち(レギオン)は 「いと高き神の子・・ 私を追い出さないで・」 と嘆願したが、 それが許されないと知って 「それでは (山のふもとにいたおびただしい数の)豚に入る・・」事をイエスに願って許された。
そして、 彼の中に入っていた 大勢の汚れた霊 は豚の群れに移り、 すると、 そのおびただしい数の豚の群れは がけを駆け下って湖へと入り おぼれて死んでしまった。
単純には、 豚の群れの 入水自殺 の記事(Scripture)になるのだが、 実際には 悪い霊に身を任せたまま 死んでしまうと、 本来は自分の肉体でありながら 悪い霊 のものになってしまうということだろう。
”悪霊に取り憑かれた時、 人 は 死 に誘い込まれる”
そのことは 現代でも (なんとなくだが) 受け入れ易い 概念であると思う。
イエス がキリストとしての使命を全うすることで 「すべての人が復活」 することが間近に迫った 当時、 汚れた霊たちでさえ 自分の身体(肉体) を欲したのもムリからぬ事である。
※注: アダムにより この世の全てが 死ぬべきもの となったように、 イエスによって 生を受けたすべてが 再び生きる(復活する)ものと なった。
身近な国の政権が この豚の群れと同じようだ と感じつつ...。
(記)
※ 「個人史」を記す。
悲しい事だが、日本はもちろんのこと 昨今の国際世相を見ると、決して 明るい未来 を確信させるものではない。
日本国内で起こる子どもたちの犯罪や事件を見ても、 (走り回っていた)20数年前にはまだ若干の余裕があった。 都市部と地方で 同様事象が起こる時間には差があって 一方で対応したノウハウは過去事例として次の事例では 簡単に解決できた。
ところがその後、 急速に時間差が無くなり 同時並行的に 対応しなくてはならなくなった。
※ 「デジタル」が新しいと考える御仁は、 通信や情報 の進歩 が原因と捕らえるだろうが、 人のこころが引き起こす出来事は それほど単純なものではない。
わたしは ”見えない敵(?)が仕掛けて 一気に広まっているのだ” と考えて来た。
<聖書>
私風の回りくどい言い方をすれば、 ユダの記録(旧約聖書)に接ぎ木された 異邦人の保存による記録(新訳聖書)には、 30歳で布教を始めた イエス と弟子たちとの出来事が記されている。
その中で、
悪霊(あくれい)に取り憑かれて墓場に住んでいた人が イエスと会った時、 彼の中に居たその汚れた霊たち(レギオン)は 「いと高き神の子・・ 私を追い出さないで・」 と嘆願したが、 それが許されないと知って 「それでは (山のふもとにいたおびただしい数の)豚に入る・・」事をイエスに願って許された。
そして、 彼の中に入っていた 大勢の汚れた霊 は豚の群れに移り、 すると、 そのおびただしい数の豚の群れは がけを駆け下って湖へと入り おぼれて死んでしまった。
単純には、 豚の群れの 入水自殺 の記事(Scripture)になるのだが、 実際には 悪い霊に身を任せたまま 死んでしまうと、 本来は自分の肉体でありながら 悪い霊 のものになってしまうということだろう。
”悪霊に取り憑かれた時、 人 は 死 に誘い込まれる”
そのことは 現代でも (なんとなくだが) 受け入れ易い 概念であると思う。
イエス がキリストとしての使命を全うすることで 「すべての人が復活」 することが間近に迫った 当時、 汚れた霊たちでさえ 自分の身体(肉体) を欲したのもムリからぬ事である。
※注: アダムにより この世の全てが 死ぬべきもの となったように、 イエスによって 生を受けたすべてが 再び生きる(復活する)ものと なった。
身近な国の政権が この豚の群れと同じようだ と感じつつ...。
(記)