峡中禅窟

犀角洞の徒然
哲学、宗教、芸術...

カザルスの『鳥の歌』...終戦記念日に寄せて...

2016-08-15 22:47:56 | 日記・エッセイ・コラム

カザルスの『鳥の歌』...終戦記念日に寄せて...

今日は、終戦記念日...
さまざまな議論、さまざまな思いはありますが、平和への想いは誰もが共有することができるでしょう...

今年は、私たちを取り巻く社会的状況はますます混乱し、緊張が高まっています...

平和、というとき、いつも思い出されるのは、20世紀のチェロの巨人、パブロ・カザルスです。

カザルスはチェロの演奏だけではなく、指揮者としても、作曲家としても、教育者としても優れた業績を残していますが、それにとどまらず、動乱の20世紀の混乱の中で、スペインのフランコ独裁政権への抵抗をはじめ、反ナチズム、反ファシズムの象徴的な存在として、音楽家の社会的・政治的な責任を全うするために、平和への努力を最後まで貫き通した人です。

カザルスと言えば『鳥の歌』という作品がきわだって有名ですが、それは伝説となっている「国連本部」での演奏(1971年10月24日)、そして、ケネディ大統領のためにホワイトハウスで行ったの演奏(1961年11月13日)によるものです。因みに、このケネディ大統領のためのホワイトハウス・コンサートは、カザルスにとっては2度目のホワイトハウス・コンサート...カザルスは、ウッドロー・ウィルソン大統領の前でも演奏を行っています。

さて、まずは、こちら...


カタロニア民謡(カザルス編):『鳥の歌』...


これは、ケネディ大統領の前で行われたホワイトハウスでの演奏の記録です。


一方、国連本部での演奏は、演奏をはじめる前のスピーチを通じてもよく知られていますね...


この時、カザルスは94歳...さすがに演奏は衰えを感じさせるものでしたが、その姿には深く心打たれるものがありました...
スピーチの中で、カザルスはいっています...

   ...鳥たちは大空に舞い上がるとき、ピース(peace)、ピース、ピース、と歌うのです...

カタロニアは、カザルスの故郷ですね。カザルスは、生まれ育った故郷のクリスマス賛歌『鳥の歌』にたくして、平和と自由への想いを語っています。
青空に向かって飛び立ちながら、鳥たちは歌います...
鳥たちは、何を歌うのか...

伝統的には、例えばヒバリたちは、喜びに満ちて、神を賛美する歌を歌うとされています...そしてこれは、クリスマス・キャロルですから、世の救い主、イエス・キリストの誕生を祝っているのです....
しかし、カザルスの故郷、カタロニアでは、平和を、平和を、と歌う...
この言葉の背景は、歴史を繙かなければ分かりません。

カザルスの故郷、カタロニアは、1936年の「スペイン内戦」以後、地元の言語カタロニア語の使用を禁止されてしまいます。
カザルス自身は、3年後にパリに亡命...
第二次世界大戦後、連合国は、フランコの独裁政権を容認...この決定に失望したカザルスは、フランコ政権を認める国での演奏を拒否...
そのため、大勢の演奏家がカザルスのもとに集まり、『カザルス音楽祭』が毎年開催されるようになります...初めは、プラド、そして、プエルトリコ...
結局、1975年に独裁政権を布いていたフランコが世を去り、1978年に新しい憲法が制定されるまで、カタロニアは自分たちの言葉を公用語と定めることができなかったのです...カザルスは1973年に亡くなっていますから、結局、故郷が自由になる様子を生きて目の当たりにすることができませんでした...
喜びに満ちて神を讃えるはずの小鳥たちは、スペインでは、自由な大空に向かって羽ばたきながら、平和を、平和を...と歌わなくてはならなかったのです...


ピカソの『ゲルニカ』もそうですが、20世紀は、スペインにとっては苦難の世紀でした...抑圧と苦しみの中で、ただ、音楽だけが、自由を歌う...
カザルスの『鳥の歌』は、そんな悲しみの苦悩の歌でもあるのです...
そして、同時に、それは希望の歌でもある...
ベートーヴェン、バッハ...スピーチでふれられている偉大な音楽家たちは、地上の苦しみ、絶望、愚かさを突き抜けて、永遠の生命を作品に表しているからです...それが、音楽の一番奥深くに横たわる、魂の領域です...

さて、『鳥の歌』はもともとはカザルスの故郷、カタロニアの民謡です。

こちらが、カタロニア民謡『鳥の歌』の合唱版ですね...

こよなきお祝いの夜、
至高の光がこの世に誕生したことを知り
小鳥たちは歌う
世の光を讃えながら、甘美な声で歌う...
鳥の中の王である鷲は
高く空に舞い上がり
見事な歌を聴かせながら、告げる
イエスが生まれた、われわれすべてを罪から救い
喜びを与えるために...
......

旋律も、歌詞も、とても美しい...

さて、パブロ・カザルスの『鳥の歌』を採り上げましたが、せっかくですから、ここで、あまり知られていないカザルスの姿を...

カザルスは、チェリストとして有名ですが、はじめにも書きましたとおり、指揮者としても活躍し、作曲家としても優れた作品を残しています...
これは、その中の一つ...


パブロ・カザルス:『おお、すべての人々よ...』(『4つのモテット』から)

道行く人よ、心して 目を留めよ、
よく見よ
これほどの痛みがあったろうか
わたしを責めるこの痛みほどの...

出典は、『旧約聖書』の『エレミアの哀歌』です... 痛切な音楽です...
カタロニアを愛し、素朴な信仰を愛したカザルスも、やはり20世紀の人間です...この苦悩は、二つの戦争を経験し、分断し、闘争に満ちた時代を生きた人間の絶望を反映しています...

もう一つ、こちらも...


カザルス:『めでたし、モンセラートの聖母...』

天の元后、あわれみのおん母、...
わたしたちのいのち、よろこび、のぞみなるマリア。
わたしたちイヴの子、さすらいの旅人は、あなたにむかって叫びます。
この涙の谷で悲しみなげきつつ、あなたを慕い仰ぎます。
わたしたちのためにとりなし給うおん母よ、
あわれみの眼を、つねにわたしたちに注いでください。
わたしたちのさすらいの旅が終わる日に、あなたの御子イエズスを
眼のあたりわたしたちに示してください。
いつくしみ、恵み、幸いあふれる乙女マリアよ...

ここで歌われている「モンセラートの聖母」というのは、バルセロナから北西、聖地モンセラット山の中腹に建つ、ベネデクト派の大聖堂に安置されている、有名な「黒い聖母」ですね...
詩を書いたのは、「十字軍」設立に奔走したアデマール・ド・モンテイユ(Adhemar de Monteil(~1098)...「十字軍」の士気高揚のために書かれたものだと言います...

最後に、こちら...
カザルスの残したモテットの中でも、これが一番有名です...とても美しい作品...

出典は、『旧約聖書』の『雅歌』です。

カザルス:『私は黒い...』

イェルサレムのおとめたちよ...
わたしは黒いけれども愛らしい
それ故、王はわたしをお選びになり
みずから、お部屋にお連れくださる

王は言います
「愛する人よ、さあ、出ておいで
 ごらん、冬は去り、雨の季節は終わった
 花は地に咲きいで、この里にも
 刈入れのときがやって来る
 ハレルヤ...

 



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