峡中禅窟

犀角洞の徒然
哲学、宗教、芸術...

ジネット・ヌヴーのこと...生誕100年・没後70年に寄せて...

2019-10-28 06:00:00 | 音楽

 

Ginette Neveu plays Gluck - Mélodie (from Orfeo ed Euridice)

グルック:『オルフェオとエウリディーチェ』から『妖精の踊り』(メロディ)

 

10月28日は、夭折の天才ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴー(Ginette Neveu)の命日...

このクリップの演奏は、ヌヴーの遺した録音の中でも屈指の名演として知られますが、グルックの歌劇『オルフェオとエウリディーチェ』のクライマックスで、オルフェオが冥界に下る場面での音楽...泉下のヌヴーを思う時に、頭に浮かぶ演奏です。


ジネット・ヌヴー(1919-1949)...

今世紀前半を代表する女流ヴァイオリニスト...その活躍が圧倒的な熱狂を巻き起こして生ける伝説となり、僅か30歳で悲劇的な最期を遂げてしまいましたから、さらにその名はヴァイオリン演奏史の中に深く刻み込まれています...


カール・フレッシュ、ジョルジュ・エネスコ...名だたる先生の弟子としての修業時代にも有名なエピソードがいくつもあるのですが、この人が一番名をあげたのは、1935年に参加したヴィエニャフスキー国際コンクールのことです。


この時、16歳のヌヴーは断トツの差をつけて優勝をするのですが、何と、第2位がダヴィッド・オイストラフ! 3位がアンリ・テミアンカ、7位がイダ・ヘンデル、9位はブロニスワフ・ギンペル...

オイストラフ(1908-1974)は、言わずと知れた、20世紀を代表するヴァイオリンの巨匠です。

3位のテミアンカ(1906-1992)も、ヴァイオリン好きの人ならば知っている人。パガニーニ弦楽四重奏団での活躍が有名ですが、ソリストとしても名を馳せました。

7位のヘンデル(1928-)は、ヌヴーと同じフレッシュ、エネスコの弟子ですが、女流ヴァイオリニストといえば、この人、というほど有名ですね。

9位のギンペル(1911-1979)は、お兄さんも有名なピアニストですが、この人は、ベンジャミン・ブリテンのヴァイオリン協奏曲の改訂後の初演をした人です。

要するに、綺羅星のごとく才能が集まった空前のコンクールだったわけです。
実は、この時のヴィエニャフスキーコンクールは、ヴィエニャフスキーの生誕100年の年にあたり、その記念として開催された第1回目のコンクールですから、それだけ凄い人材が集まったということもあるのでしょう。その時の様子は、下のクリップに...

1st International Henryk Wieniawski Violin Competition - 'A Tournament of Giants'

『巨人たちのトーナメント』とクリップにある言葉は、誇張ではありません...


残念ながらヌヴーは、1949年の10月28日、演奏旅行のために乗っていた飛行機がアゾレス諸島サン・ミゲル島に墜落し、帰らぬ人となりました...


いつもピアノ伴奏をしていたお兄さん、大ピアニストイーヴ・ナット門下のピアニストであるジャン・ヌヴーも一緒に亡くなったのですが、ジネットの楽器だけは、壊れながらも、焼けずに奇跡的に残っていたそうです。
お兄さんの亡骸はとうとう見つからなかったそうなのですが、ジネットの方は、愛器ストラディヴァリウスをしっかりと抱きかかえていたからわかったといいます...


実を言うと、この話はあくまでも伝説で、実際にはジネットの亡骸が別人と間違えられて届いたり、その後のジネットの楽器がどうなったのか誰も知らないという点からしても、真相は闇の中、といった方がよいのでしょう...


ヌヴーは国内外で熱狂的な人気を誇っていましたが、特に母国フランスではその死の衝撃があまりにも大きく、亡くなった後にはフランス政府から勲三等レジオンドヌール勲章が授与され、パリ市議会はパリ18区の通りに彼女の名を冠した通りを作りました。

私事ですが、遙か昔、パリのサル・プレイエルを訪れた時、舞台に向かって右手側だったか左手側だったかは忘れましたが、ヴァイオリンを弾くヌヴーのレリーフがはめ込まれているのを目撃した記憶があります。

 

Ginette Neveu & Bruno Seidler-Winkler play Chopin Nocturne No. 20 (arr. Rodionov)

ショパン(ロディオノフ編):ノクターン第20番嬰ハ短調遺作

 


素晴らしいヴァイオリニストだった、イヴリー・ギトリスが、ヌヴーについて、面白いことを言っています...


...ジネットはフランクの曲の第3楽章の最後でCシャープ音をやや低めに弾いた。これが“色”です。

おそらく今日では、こういう弾き方はしません。音が外れてるから。でもそれが何でしょう?

ティボーも同じでした。「クロイツェル・ソナタ」 第3バリエーションでDフラット音をやや低めに弾いた。

正しい音はこれ。(弾いてみせる。)

カザルスも同じ事をしました。音に“色”をつけるためです...


こうしたことは、教えて貰って身につけるんではないんですね...自分で感じなくてはできないんです。

今の例で言えば、フランクのソナタの第3楽章の最後で、Cシャープの音をそういう風に感じなければできないんですから...

そう感じなければ、「正しい」音で弾けば良い。自分が、そういう「色」を音に感じることができるから、そう弾くだけのことなんですね...

それぞれの音をどう感じるのか、その音に、どんな「色」を感じるのか...それはその人次第なんです。

それが、解釈というものなんですね...音楽の世界は、奥が深いですね...

 

先のコメントの中で、イヴリー・ギトリスが「ティボーも同じでした...」と言っているティボーというのが、この人...

ジャック・ティボー(1880-1953)20世紀を代表する大ヴァイオリニストです。

 

Thibaud plays Intrada-Adagio by Desplanes

 

デプラーヌ(ナシェ編):『イントラーダ』


この人はヌヴーと同じフランス人で、接触もあったのですが、ヌヴーの訃報を聞いたときに、

      「自分も、最後はそうありたい...」

と漏らしたそうなのですが、その言葉は本当になってしまいます。


1953年の9月1日、三度目の来日の途中、乗っていた飛行機がアルプスに激突...

乗っていた飛行機の方は、ヌヴーと同じエールフランスの、同じロッキード・コンステレーションだったそうです...
ヌヴーの事故の時とは違い、この時には生存者も結構いたと言いますが、ティボーのストラディヴァリウスは失われてしまったそうです。
この人、戦前はウイーン生まれのフリッツ・クライスラーと並び称された人です。

 最後に、ジャック・ティボーと言えばこの演奏はとても有名です...わたしも、初めてティボーを聴いたのが、この曲...

Jacques Thibaud plays Henry Eccles Sonata in G minor (arr.Salmon) 1930

ヘンリー・エックレス(1672-1740):ヴァイオリン・ソナタト長調

とても美しい曲に、美しい演奏。こんな風に弾ける人、もういないと思います。

ヌヴーは、おなじフランス人ということもあり、ジャック・ティボーの後継者と目されていたといいますが、エレガントなスタイルを考えると、最高の賛辞だったと思います。

先ほどのヴィェニャフスキー国際コンクールの時に競ったオイストラフは、ヌヴーよりも10歳以上年上...

ヌヴーは事故に遭わなければ、ちょうどアイザック・スターンやヘンリク・シェリングと同世代です。

わたし自身も、スターンは60代の演奏を生で聴いています。

飛行機が今から見れば、まだまだとても危険であった時代...運命とは言え、喪失したものの大きさを思います。


ジャン=フィリップ・ラモー:クラヴサン曲集から...『ミューズたちの語らい』『サイクロプス』『ガヴォットと6つのドゥーブル』

2019-10-17 18:40:58 | 音楽

ジャン=フィリップ・ラモー(Jean-Philippe Rameau;1683-1764)の『クラヴサン曲集』第2巻(第3組曲ニ長調・ニ短調)から、

 

第6曲『ミューズたちの語らい』

  続いて、

第8曲『サイクロプス』

 

Natacha Kudritskaya - L'Entretien des Muses, Rameau @ OCMF

 

もとのクリップには『ミューズたちの語らい』としか記載されていませんが、6:11からの早いパッセージの作品は、おなじ曲集の第8曲『サイクロプス』です。

 

ピアノは、ナターシャ・クドゥリツカヤさん。

 

クラヴサンのための作品ですが、ピアノの特性に合わせて現代ピアニズムの精華のような演奏をしています...とても見事...

ロマンティックな演奏ですが、精妙でよく歌っています。この人に独特の、ゆったりたっぷり呼吸するようなフレージングがとても美しい...

 

「クラヴサン (clavecin)」はフランス語の名称で、英語では「ハープシコード (harpsichord)」。ドイツ語では「チェンバロ(Cembalo)」、イタリア語では「クラヴィチェンバロ(clavicembalo)」です。

ピアノもチェンバロ(クラヴサン)も、ともに鍵盤楽器でかたちが似ていますから同じような楽器のように思われるかも知れませんが、ピアノはもともと「ピアノ・フォルテ」という名前の楽器で、それが縮まって「ピアノ」と呼ばれるようになったことからもわかるように、チェンバロとは異なり、音の強弱を精密に自在につけられることが売りだったわけです。反対に、チェンバロは濃やかな音量の強弱をつけることができません。

これは、鍵盤を叩いて演奏するところはおなじでも、鍵盤から弦に力を伝え、音を発するやり方が、ピアノではハンマーが叩くメカニズムであるのに対して、チェンバロでは「プレクトラム(plectrum)」という「爪(pick)」が弦を弾く構造になっていて、鍵盤から指を離すとダンパーが降りてきて弦の振動を抑えて止めます。

叩くメカニズムだと、叩き方の強弱で音量はかなり自在につけられますが、ピックで弾くやり方だと、濃やかな強弱は難しい。

その代わり、音量や音色を変えるために「レジスター」あるいは「ストップ」と呼ばれるメカニズムが仕組まれていて、複数の弦を同時に鳴らしたり鳴らさなかったりといったかたちで強弱のコントロールをつけています。それにしても、メカニカルなコントロールでつけられる強弱ですから、デリケートな強弱をハンマーを通じて行うピアノには、繊細さにおいてかないません。

チェンバロにはチェンバロの魅力がありますが、よく歌うためには、ピアノの精妙なタッチに軍配が上がるでしょう。もちろん、演奏家の技量でそこはかなりの幅が出てきますが...

ともあれ、とても良い演奏。

 

もう一つ、クドゥリツカヤさんの演奏で、

 

『クラヴサンのための新しい組曲』第6組曲『ガヴォットと6つのドゥーブル』

 

Rameau - Suite en la Gavotte et six Doubles / Natacha Kudritskaya

 

これも、格調高く良く歌うとても美しい演奏...

 

追記【2021/09/12】

 

ちなみに、この美しい作品、クラヴサン以外の楽器でもよく演奏されるようですが、それぞれの楽器の個性が生かされていてとても良いですね。

まずは、アコーディオン♪

 

Gavotte et six doubles - Jean-Philippe Rameau (1683-1764)

from "Nouvelles Suites de Pièces de clavecin" (1728), suite en la Acc...

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そして、木管アンサンブル♪

 

Rameau: Gavotte With Six Doubles | Fresco Winds

Bryan Guarnuccio, Kip Franklin, Audrey Destito, Genevieve Beaulieu, Li...

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